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傍島康始|ブログ

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距離の取り方

 

一緒にいて居心地の良い人とそうでない人がいるとして、率直な感想としては、やはり居心地の良い人と多くの時間を過ごしたいものです。

それは脱力するとか怠けるということでなくて、安心や信頼を寄せることができるから、のびのびと行動や発想ができるということにつながってくるだろうという発想です。

何かに取り組む時に、目の前のことに集中すべきなのに、相手の振る舞いが気になるとか癪に障るようなことがあると、当然気は散ってしまうものです。

そういうものは極力ないようにして、さてと腕まくりをして取り掛かっていきたいものです。

また、人との距離の取り方が、その人との心的距離を表すような発想があって、親しみを覚えるとより近くに寄り添うようになっていくものです。

近いとそれだけ親密ということなのですが、近すぎるがゆえにより相手のことが見えることがあります。

たとえば、尋常ならざるほどに好きな人がいたら、その好きであるがために、妙な遠慮が働いてしまうこともあります。

しかし、そういう人と積極的に関わっていくことで、単純に自分が嬉しいというのもありますが、この人・この人たちのためにと思うと、土壇場での踏ん張りが効くし、より良い仕事をしようとも思うものです。

これは普段の生活においても同様で、自分の周囲が自分の好む人の多くいる状況を考えると、それだけで気持ちが良いし、お互いに喜ばし合えるように至極朗らかな雰囲気となることでしょう。

あえて自分から近づける/遠ざけるようなことはしなくても、こういうものは流れに任せるようなものではないでしょうか。

自分においても行きつ戻りつ、あちらこちらと動き回っているものですから、その途中で誰かと関わることもあるでしょうし、またいつしか離れていくということもあるでしょう。

親密になれば嬉しいし、そうでなければそれまでのこと、一喜一憂することなく喜びの方を見出すようにしていくのが良いでしょう。

あるいは、これも無理をしてどうこうということではないけれど、自分が好む人たちに相通ずるものを見つけ、普段の自分に取り入れてみるのが良いでしょう。

自分の自然とにじみ出るところに、多くの人に好まれるものを重ね合わせたら、きっとあなたの魅力は何倍にもふくれ上がることでしょう☆

 

 

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両立していきたい領域

 

「あちらが立てばこちらが立たぬ」といった具合に、大きく二分するような事柄がそれぞれ重要である場合があります。

たとえば、アートとビジネスのように、想像力を存分に駆使して作品を仕上げていきたい一方で、限られた時間や予算の中で成り立たせる必要があるような感じです。

仕事においても似たようなところはあって、じっくりと腰を据えて取り組んでいきたいところと、目まぐるしいほどに早い展開で進まざるを得ないところとがあるものです。

仕事においては基本的に早い方が良いとされていて、時間のあるうちに、あとから修正・手直しはできるし、より良いものに仕上げていくことができるでしょう。

そういうことを思いながら、今回はアートとビジネスの両立について、いくらばかりか考えを巡らせていきたいと思います。

長年、ひとつのことに取り組んでいくと少しずつ熟練していくので、その技術や経験はとても貴重なものになります。

一方で、長く活動を続けていきたいと思うならば、今日の「メシを(何らか)食う」ことも"生活を営む"意味合いでのそれも必要になってきます。

食べるために仕事をするのか、仕事をするために食べるのかは、にわかに生活と仕事の両立(ワークライフバランス)の観点も含まれてきて、決しておろそかにできるものではありません。

アートの表現に関わることだけでなく、ビジネスとして展開していくために、膨大な知識や経験をどちらに偏ることなくつぎ込んで、それで取り組んでいけるのが最良です。

そして、アートにおいてはその取っかかりをつかむのもそうですし、大きく展開をしていく上でも、数多くのアイディアがないと上手に進んでいかないものです。

もちろん、多くの人の心を打つとか、大いに心動かすようなものであれば、新たな機会や広がりを得ていくだろうに、そのあたりの因果を不思議に思うものです。

こういうのは自分ひとりで完結できれば、何の問題もないわけですが、やはり多くの人と関わり合いながらでないと、なかなか大きなことにはなっていかないものです。

いろいろな物事をそれぞれ得意な人に任せるとか、そもそもの余分がないかを広く確認し直してみるように、必ずしも個人で両立しなければいけないということでもないのです。

できることから数えれば、自分の得意を伸ばしていくうちに、お互いに補い合って余りあるような、そういうバランスの取り方も良いような気がします☆

 

 

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あちらのこちら側

 

良かれと思ったことが裏目に出てしまう、あるいは、何の気なしにやったことが大きく取り上げられるようなこともあるでしょう。

どちらかというと、前者の方が多いのかもしれませんが、何もやらないでいるよりかはずっとマシなような気がします。

そして、できることのひとつひとつの精度を上げながら、かつ、できることの種類や幅を広げていくこともしていきたいところです。

ただ、これには陥穽にはまるような部分があって、言われるがままとか、状況に任せるままでは、見切り発車も甚だしいとか、どうしても寸足らずみたいなことになりがちです。

先を急ぐあまり、あれもこれもと手を広げるがために、全部が中途半端になってしまうこともあるものです。

そういう行動の仕方やポジションの取り方では、「万能」と言えば聞こえは良いように思いますが、それはまた「便利屋」ということと背中合わせのものでもあります。

なまじそれなりにできてしまうのだとしても、全部が60点くらいであれば、何が得意とか、何を任せるべきなのか、周囲の戸惑いに加え、自分自身の拠り所のなさのようなことにつながるでしょう。

総じて、ままならないものだとしても最善を尽くすことは忘れてはいけません。

そういう、"わがまま"ではないけれど自分の譲れないもの、こだわりたいところは持っていないと、流されるままになって、自ら流れを引き起こすことができません。

相手の気持ちを推し量り、自分の気持ちも把握しつつ、良い方に転がるようにしていけば、あとは勢いを増していくだけです。

どちらも裏の裏を取ろうとしていると、表には何もないということにもなりかねないものです。

そして、何が重要で、何が喫緊のそれでないものか、しっかり見極めることが大切です。

もしも何もかもが散漫になってしまっていたとしても、どこからか手をつけなければいけません。

ニュルニュル滑る「うなぎ」のようなものだとしても、クギを頭部に打ち込めばさばきやすくなるように、どこか一点をまず固定することが大切なのでしょう。

それは優先順位を見定めるとか、自分の意思にもとづくとか、できるだけ手元のところで決められると良いのかなという気がします。

人はどうしても、流される・流れ行くものであるから、身を任すことも必要なだけに、このあたりのバランスを上手に取りたいものです☆

 

 

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