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傍島康始|ブログ

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次に得るもの

 

時間があると、隙間ができて、そこに入るものがある。

ここのところはそれを今一度強く思うようにしていて、気持ちにも"ゆとり"がないと、どうにもならないような気がしています。

息を大きく吸い込んでみれば自分のカラダも少しふくらむようにして、新しいアイディア・発想がたっぷりと飛び込んできやしまいか、そんなこともつらとらと思うものです。

繰り返し繰り返しであるにせよ、同じようなことをいつも考えていると、突如として浮かぶようなこともあって、ある時期、似たり寄ったりのことを書き連ねるかもしれないけれど、そういう意図のもとでやっているのだなと感じ取ってもらえたら幸いです。

そうやって思うことのひとつとして、仕事や何かの活動をしていて、それ自体充実するとか、規模が大きくなるようなことは嬉しいことの最たるものであるわけです。

自分自身の知識や経験においても蓄えられることは多く、人としての成長にとっても有用です。

また、それは金銭的なところでの利益や収入を得るということでもあって、生活をする上では欠かせないことになります。

右肩上がりの推移を見せれば、より奮起することもできるというわけです。

ただ、それを追うことのみならず、それと同時に得るものとして、会い難い知己を得るとか、恋仲になるような人と出会うとか、それもまた相当に大切なことであるように思います。

むしろ、それが後になって、何かとつながっていくことにもなるでしょうから、単に金銭を得ることや成功を夢見るだけに止まらないようにしたいものです。

何事も、取り組んでみて無駄なことはないし、遠回りも大いにやるべきだし、そういう紆余曲折をどれだけ経ることができるのか、はみ出すことが真っ先にやることなのかもしれないと思うものです。

そして、これをやったから大丈夫だ、これを身につけたから無敵だというようなこともなくて、何が起こるかわからないけれど、ひとつひとつが今の自分にとって必要なことだと受け止めることが大切です。

そのためにも、ギチギチの状態でいるのでなく、時間・気持ちなどに隙間を設けることが必要で、飛び込んできたものを逃さないようにしていきましょう。

次に来るものはどういうものか、何もわからないから思いがけない喜びとなるものとして、期待に胸ふくらましていきたいものです☆

 

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未知の繰り返し

 

いつものように行っていることや、自分で繰り返している行動や発言など、これが自分だというような枠組みや輪郭が、誰にとってもそれとなくあるものです。

席に座る時は隅の方を選ぶとか、ラーメンの麺は固めが良いとか、自分の好みを知っているということではそれはとても良いことだと言えそうです。

あるいは、仕事や生活で同じ場所を毎日のように行き来する人もいれば、世界中飛び回るようにして、それこそ明日はどこにいるのかわからない人もいるでしょう。

それ自体、良いとかそうでないとかいうことでなくて、今の自分の選択の仕方はそういうことになっていると認めることが、何よりも大切である気がします。

もしもそれが、出会う人、食べるもの、行く場所などを規定しているのなら、それにもとづいての出来事が起こってくるだけのことで、変化をもたらしたいのならその道理を知ることが、おそらく先決になってきます。

技術や知識、体験において、繰り返すことで突破できることもありますが、今までとはまた異なる、自分にとって新しいものに出会うことで突如として開けるものもあることでしょう。

刺激をどのように取り入れるのかということにもなることで、出会ったことのない人に会う、着たことのない服を着る、行ったことのない場所に行くなど、自分の知らないことに触れること自体、十分な刺激になるものです。

今の自分の感覚として、今あるものはベースであったり、自分の大半を占めたりするものとして維持しつつ、同時にあれこれを試す余地をつくり、それでもって支離滅裂なくらいにいろいろ試してみると楽しそうだという境地にいます。

それがまた、自分の新しい基準となり、ルールともなっていくのであって、道をどのように選ぶかでどのようなところに行き着くのか、行く末を見ていきたいなと思います。

良いものは良いものとして蓄え、そうでないものは適宜入れ替えるとか改善するとかして、自分の中の容量を満たしていきたいものです。

最近はそういうことばかり考えていて、もちろん実際にも移していくべきで、それがまたひとつの流れでもあるので、これがどこに行き着くのだろうか、経過をまた取り上げていくかと思います。

そこで少しずつの変化が垣間見えたら楽しそうだ、その観察の記録としても活用しておきたいなと思っています☆

 

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今のできること

ここ何年か、一年における自分のペース配分として、年明けから春先くらいまでは沈思黙考、思いつく限りの想定をしながら、5月の連休を前後してようやく本腰入れる感じになっています。

それが年末まで続くようにして、"ありったけ"に行き着いて一年が終わるというわけです。

例年通りとしてみれば良くて、これが自分に合っているのだろうという仮定をしつつ、今のできることを拾い上げていきたいものです。

あるいは、次のがまったく未定なだけで、その定着しつつあるペースをまったく度外視してみて、それでどうなのかというのを探るのも良いかもしれません。

いずれにしても今はまだ一年のスタートを切ったばかりであるので、いくらかは慎重なままで過ごすのが、何かあった時にとっさの対応ができるということもあるでしょう。

今は特定の何かを見据えているということもなくて、逆に、自分の中を空っぽにしてみて、何が入ってくるのかを知りたい気持ちがあります。

自分の好きなものの傾向を手放すようにしてみることが、かえってその傾向を意識して、それゆえに強まるのかなということは考え得ることのひとつになっています。

それでも、今はあまり多くを語るようなことはしていないので、こういう表現の曖昧さしかり、行動を見ているからといってすぐにわかるということは少ないのかもしれません。

内容においても、多く語りたいと思うようなことが特にあるわけでもないので、静かに周囲を見渡すくらいがちょうど良いのだとも言えそうです。

観察眼を養うようにして、少しずつでも観察を続けていくと、これもまたひとつの傾向として見出すものもあることでしょう。

そのような、何をどうしたところで、自然と気になるものとか視野に入ってくるものは、今の自分にとって関わるべきタイミングだから、そうなっているという考え方ができます。

前もってはそれが何かはわからないけれど、いろいろ手を尽くしてそれが何かだとわかるようにしていくのが、得も言われぬ取り組みの醍醐味なのかなという気がします。

やや繰り返しにもなりますが、手元でできることをしながら、自分の今の気持ち・気分がどうであるのかを知るのが最も大切なのではないでしょうか。

そして、必要・不必要が、自ずと振り分けられるのが、この年初の時期でもあるので、成り行きに任せて無理のないように過ごしていこうと思う次第です☆

 

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