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傍島康始|ブログ

Category: DAILY LIFE (page 1 of 89)

一張羅を羽織って

 

「一張羅」とは今はあまり言わない気もしますが、"キメる時に着る服"というような意味合いでしょう。

あるいは、何の勝負を挑むのか定かではありませんが、"勝負服"という言い方もあります。

「げんしけん」(木尾士目・講談社)という漫画で、班目という登場人物の"戦闘服"ということで描かれているエピソードもありましたが、概ね"これを着ると気合が入る"ような服のことになります。

また、それを何揃いも持っていると、ひとつの目印=トレードマークとなるので、「この人はこういう格好」というのを覚えてもらいやすいのはあります。

代表的な例では、スティーブ・ジョブズ氏の定番の格好を思い浮かべてもらえるとわかりやすい気がします。

自分の場合では黒をメインとする格好を好むのもあって、徹頭徹尾、全部が全部"黒い"というのもほっと安心する一方で、どこも工夫がないということにもつながってくるように思うものです。

傾向としても似たり寄ったりになってしまいがちなので、色でもそうですし、形やシルエットなどでも工夫ができるようにしておくのは大切かなと思います。

そして、全部が全部、黒を基調としたロックであるとかメタルであるのを感じさせるファッションに準じる必要もないので、場面に応じて使い分けるくらいの余地はあった方が良いでしょう。

きっと、基本的に自分の好きなテイストとというものはあるでしょうが、自分のお気に入りであるとか、こだわりをふんだんに盛り込んだもので、ひと通り揃ったものをひとセット持っていれば、それで十分なのかもしれません。

あまり増やさないのもそうですし、入れ替えもしながらその時々で着たいものを着るようにする方が、今は楽しめるような気がします。

それでも、今はよりシンプルさを好むようなところもあるので、むしろファッションにかける手間というものが、次第に減っているというのはあるかもしれません。

奇をてらうこともなく、洗濯が行き届いていて、体型に合っているものを選んでいけば、最低限には無難であるでしょう。

もう少し気を配るのなら、男女問わずスーツをパリッと着こなすことができれば、ほとんどの場合に対応できるし、先方には失礼には当たらないように思います。

スーツ自体が「ひと揃い」というくらいですから、普段着からしてスーツというのもなかなか乙なものであるように目に映ります☆

 

 

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気配を感じる

 

見えないから「ない」ということでなくて、それでも「ある」ようなことはいくつかあるように思います。

誰かが背後に立てば気がつくように、たとえ目が行き届かないところであっても、気配を察知するような類のことになります。

自分であったり、身近な人であったり、誰かしら人の場合で考えてみると良いのかもしれませんが、呼吸をしていれば、吸っては吐いての息の流れが鼻や口元からできますし、何をせずともそこにいるだけでも体温があれば、自然と周囲に何かしら影響を与えているはずです。

そういう意味では、環境と自分というものを切り離すことはできなくて、時には一体であったり、別の時にはお互いに作用したりしているようにも思うものです。

また、じっーと誰かを見つめていれば、不思議と向こうが察知するように、もしかすると視線の放つ質量や重みのようなものがあるのかもしれません。

モノを考えたり話したりと、いつも人は意識的な活動をしていて、体温や視線を放つように意識も体外に醸し出されるとすれば、その点では誰しも看過できない存在であるようにも思うものです。

ひとりひとりの存在の大きさもあれば、大勢の中になっては少し小さくもなってしまうものですが、たくさん寄り集まってくることで、またひとつの傾向・流れができてくるものです。

人気(にんき)のある場所、それは遊園地やテーマパークでも、繁盛している飲食店でも良いのですが、そういう場所はより多くの人を引きつけています。

人気(ひとけ)があるというのが、人気(にんき)のあることや活気を呈する前提であり、しかも、そこの場所が楽しいとか美味しいとかの良い感情や感覚で溢れているというのが重要になります。

そうでない人もいるかもしれませんが、多くの人にとっては遊ぶことや食べることをはじめ、生活全般においては良い感情や感覚を少しでも多く感じていたいはずです。

わざわざ苦しいとか辛いことに向かわないように、やはり足を向ける場所や行こうとする場所は良い方・前向きな方を選ぶことでしょう。

気分の良い場所をつぶさに見てみれば、掃除がしっかりされていたり、整理整頓がなされていたりするし、あるいは、そこにいる人たちが元気であるようなことに思い至ります。

結構、技術的なことや物質的なところで考えてしまいがちですが、こういう気持ちの部分をおろそかにしない、そういうものは言わずとも伝わってしまうようにも思います☆

 

 

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手繰り寄せる極意とは

 

本屋に行くと、「引き寄せの法則」という名の本、あるいはそれに類似した本が多く並んでいます。

仕事の成果やステキな恋人、衣服や宝石、海外旅行をはじめ、他の生活や人生に関わること全般、幸運が舞い込んでほしいと思うのは人の道理であるかもしれません。

個人的にも関心の高いことであるし、手に取って参考にしようと思う気持ちはそれなりに強いものです。

ただ、ひとくちに「引き寄せ」と言うにしても、人によって考え方や心がけの仕方でいくぶんは差異はあるものです。

そして、物事は、上手く進むかどうかで言えば、上手く進む方を選びたいものですが、そこで何でも「引き寄せの法則」としてひとまとめにしてしまうのは、安易というか迂闊というか、少し考えてみることは必要かなと思います。

人によって願うことの内容が異なれば、実現する過程や時間の長さも変わるように、普段の心がけからも異なってくることでしょう。

たとえば、定食屋に行って、生姜焼き注文をすれば出てくる類のものであれば、さほど強く決心や行動することもないかもしれませんが、北欧に行ってオーロラを見たいとなれば、準備や手配などに費やすものは大きくなります。

資金は?行く時間的余裕は?など、いくつかの条件をクリアしながら進んでいくことでしょう。

そこで、自分で工面することもあれば、他の人の協力を仰ぐ、それでもどうにもならないことも出てくるかもしれません。

時に、すべてのタイミングが符合するような奇跡的なことがあるとしても、そのために腐心していることも少なからずあるので、何でもひとっ飛びに「願えばかなう」みたいなフレーズに居着かないようにしたいものです。

そのためには、いろいろな人と関わるにしても、打算的でなく気持ちを理解し合っているとか、普段からできることを持ち寄って協力し合っているとか、そういう前提なり土台を築いておくことは必要であるように思います。

自分の知りたいことがあれば誰かに聞くことがあるように、誰かの知りたいことを自分が知っている場合があるので、そういう時に惜しまないという気持ちがあるかどうか、こういうことが大切ではないでしょうか。

各分野で活躍したり、力を発揮していたりするような人のインタビューや振る舞いを垣間見ていると、普段から行っていることの積み重ねがあって、しかも、周りからも応援されているという共通点がいくつも見えるものです。

なかなか言葉で明確に言い表せないところでもあるのですが、しかるべき要因があってしかるべく結果に行き着いているなという印象があります。

「引き寄せ」もあくまで結果としてはあるでしょうが、まずは目の前のできることから懸命に行っていくようにしていきましょう☆

 

 

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