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傍島康始|ブログ

Category: DAILY LIFE (page 1 of 191)

話題に取り上げる

 

自分の知っていること、知りたいと思うこと、または、知らないことなど、知っているかどうかにはいくつかの段階があります。

また、誰かと話すとか、ブログやTwitterなどで発信するような時に、興味があるかどうか、その濃淡もあるかと思います。

こういう組み合わせで考える時に、自分はよく知っている、相手はそれを聞きたがっているのだとしても、それを話題にするかどうかは別のところにあるのではないか、そんなことも思うものです。

たとえば、自分にとって本を読むとか、調べ物をするようなことは、いつもやっていることで、特別言うようなことでもないと思っているのですが、足跡を記すようなことで、「今日は何々を学びました」と投稿するのも良いかもしれません。

人によっては、何を食べたかの記録とか、どこかに行った写真を並べるかもしれないし、それらを通じて、"人となり"が伝わるようなこともあるような気がします。

仕事、趣味、特技など、自分と相通ずるところがあれば嬉しく思うでしょうし、それが異なることであっても、それはゆえに興味を持つようなこともあるでしょう。

自分が情熱を傾けていることも、その時々で変わるように思いますが、時期に関わらず、「そこ、知りたいのか」という発見もあって、いつも一致するばかりでもないのだなと思うわけです。

おそらく、今、自分のやりたいことや表現したいことがあって、それが同時に、多くの人にとっても歓迎すべきものであれば、それが最も理想的と言えるでしょう。

巷のブームとも関係なく、タピオカより豆乳だ、ナタデココだと貫くようなことであり、それがまた強く支持されるようなことかなと思います。

個人的には、ハードロック/ヘビーメタル研究、黒いTシャツ について追求しているのが楽しいけれど、もっと求められているのは、普段何を考えているかとか、何を食べているのかとか、他のことなのかもしれません。

迎合するわけでもないけれど、そういう意見があるのなら受け入れることもあるでしょうし、少なからず参考にすることはあり得ることです。

ともあれ、何かを話さないことには手応えを感じないものですし、何かを表さないと反響も得られないわけで、自分の思うことをひとつの仮説として、いろいろ試していくのが良いように思います☆

 

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部分だけを見ない

 

自分の心の動きとして、どうにも「違和感を覚える」ことがあって、それがどうしてなのか、ついぞその正体を突き止めた感じがします。

自分の来し方、これまで経てきたことについて、そこばかり言及されることに、何ともモヤモヤした思いを持っていました。

確かに、ある時期取り組んでいたことがあって、それは何も隠すようなものではないけれど、今の自分の状態や思いを汲み取ろうとしないのはどういうことかと思っていたわけです。

なるほど、たとえて言うのなら、その人は自分の左脚ばかりを見ていて、「いや〜物事を見て考えたり、話したりしているのは、顔とか上半身の方なんだけれどな」という感じです。

それが、全身を見ていないで部分ばかりを見ているということで、現在・過去・未来という時間においても、また、興味・関心の推移のようなことにも目を向けていないということになります。

また、ある特定の部分しか見えていないということでは、他の部分が見えていないわけですし、他の部分とのつながりや関連についても見えていないということになるかもしれません。

あるいは、自分の思い込みばかりで話していては、本当に何を考えたり、思ったりしているのか、その質問なり疑問なりが出ていないわけで、それは発想として"あやうい"と思ってしまうものです。

そういう思い込みが先にあるようでは、以後の会話においてもあまり深まる気がしないし、そういう浅いものは個人的には忌避したいので、何かがはじまるような予感もしなくなってしまいます。

ただ、今の時点において、自分の中で腑に落とすことができたので、ある意味得意の「敬して遠ざける」ことに終始すれば、それで一件落着という次第です。

このような思い込みとか決めつけとかは、他意がなくてもしがちなことではあるので、自分自身、十分に注意していく必要があります。

大阪とか関西出身であれば"きっと面白いに違いない"とか、ピアノを習っていたとあれば"絶対音感を持っているはずだ"みたいな、必ずしも根拠があるとも限らない断定をしてしまいがちです。

時に当てはまることもあるかもしれませんが、勝手に言われた方としてはたまったものではないでしょうから、このあたりは探り探り慎重に言いながら、できるだけ丁寧なやり取りを心がけていきたいものです☆

 

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旬に任せていく

 

自分の好きな人や物事など、ひとつかふたつはあって、多くの人にとってはそれがいくつかはあるだろうと思います。

好きなアイドル、好きな食べ物、好きな場所など、だいたいこのあたりが好きだという、個人的な分布が自ずとあるように思います。

それも季節の移り変わりみたいなことに影響されると思っていて、活動の活発な時期、季節の移り変わり、自分自身の置かれている状況によって、いくらかは変わってくるはずでです。

たとえば、バナナを食べるのが基本的には好きだとしても、丸ごと食べるのを好む時期があったり、ヨーグルトと合わせて食べるのが好きな時期があったりしても良いように思います。

また、バナナをひたすら食べる時期があった後、しばらくはりんごジュースを飲むことに代替しても良い気がします。

それを、自分はバナナ好きだと公言していて、確かにそうではあるのだけれど、時期によっての推移はあるということを、他の人も理解しておくのが良いのかもしれません。

少しわかりにくい例で言えば、自分自身、基本的にはプログレッシブ・メタルを好むのですが、気分によってはメロディック・デス・メタルとか、パワー・メタル、元気を出したい時にはメロディック・スピード・メタルなど、その時々当てはまるものが異なるわけです。

また、だいたいは黒いTシャツを着ているのだとしても、気分によっては白や赤のものも着ることがあるという具合です。

これは、基本的には辛い四川料理を好むのだとしても、毎日それを食べるのではなく、日によってはインド風カレーを食べたいとか、パスタにタバスコかけて食べたいというのもあるということで、理解してもらいたいということです。

お互いの興味や関心が似たところにあっても、時に話がかみ合わないこともあるでしょうが、それは不自然なことではなく、むしろ当然のようにあることだと思います。

あるいは、人それなりに長いこと生きていると、何かしら好みの傾向も変わることもあるので、細かいことを言わず、そのあたりは察してもらえると良いなと思います。

このあたりは、「小さい頃には、積み木が好きだったじゃない」みたいなことを今言われても、どうにも苦笑いをするしかないことを想像してもらえると良いでしょう。

大切なのは、お互いにその時々の興味や関心の在り処を探ることであり、それは時期や季節によっても変わるよねと知っておくことです☆

 

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