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傍島康始|ブログ

Category: DAILY LIFE (page 1 of 157)

誰かとともに

 

うっかりすると(あるいは、うっかりせずとも)自分ひとりで行動して、それで完結していることが多いかもしれません。

その方が「思い立ったが吉日」ということもあるし、自分の準備次第で身軽にサッと動けると思っているフシはあります。

これも人によって異なるのでしょうが、誰かを誘う方を選ぶとか、誰かと一緒に何かをするのが楽しいというのはあるはずです。

誰かとともに何かをする、それはゴハンを食べるでも良いし、近所を散歩するでも良い、声をかけてどうなるかはわからないけれど、声をかけてみないことには返事や反応もわからないというのはあるでしょう。

今一度、そういう誰かと何かをすることにこだわってみても良いかもしれない、そのようにも思うものです。

何となく今まであったものが離れているような気もする今日この頃ですが、それはまた、新たにはじまるとか、新たにできていく前のタイミングなのかなとも思うわけです。

だからといって、じっくり考えだすと、誰と何をするのか、それと同様に、その誰かを誰にするのか、当然そのあたり歩いている誰でも良いというわけでもない、誘うことの難しさを思ってしまいます。

喜びがより増えるようであれば、それこそ喜ばしい限り。

気持ちも軽やか(ライト)にするように、声をかける、何かに誘うのも軽やか(ライト)に行えば良いかもしれません。

返事や反応は"はい"か"いいえ"か、今回は都合合わずとも次回は良いかもしれない、今回は気乗りしないけれど次回はそうではない、いろいろあってしかるべしです。

シンプルに、声をかける、それでどうなるの流れで良いということになるでしょう。

誰かを巻き込むとか、今後どうであるとかはよくわからないもの、声をかける、誰かを誘うことも繰り返す、それで良いのかもしれません。

今、何をどうしたいのか、そういう瞬間ごとの判断を大切にすると同時に、判断の早さというのも意識していくと良さそうです。

こういうことを続けていくうちにどうなっていくものか、少なからず度胸はついていくでしょうし、上手に誘うことを覚えていくかもしれません。

自分の知識や体験の外側に、きっと驚きや望外の喜びというものがあるでしょうから、臆することは何もなく、その良さに多く気づけるようでいたいなと思います☆

 

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心湧き立つ在処

 

今時点でのということもあるでしょうが、果たして自分がどういうものに興味や関心を持っているものか、心おもむくままに書き出して、それらの在処を探ってみるのが良いように思います。

だいたい楽しいことが好きであるとか、より喜びを感じるようでありたいということになるとしても、具体的にはどういうことになるのか、それもまた知っておくと良いかもしれません。

紙に言葉を書き出す、声に出してみることもしながらどうにか表していくと、新たな何かが見えてくることでしょう。

本質的に何を自分が目指しているのか、その時々で取り組んでいるものは何か、その間を行き来しながら、楽しい気持ちを感じると同時に、楽しい気持ちを感じる物事や状況などを知るようなことです。

それが行動を伴う、感情が動くようなことであればより好ましく、また、思っていることと行なっていることが合っているのかどうかも見ておきたいものです。

たとえば、自分の知らない景色を見ることが好きである、だから、全国各地へ旅行へ行くのだとか、美味しいものを食べたいから食べ歩きをするようなことです。

これが、身近なところの、生活の諸般に関わることであれば、思っていることと行動していることが合うことが多いような気がします。

これが、スポーツ選手になりたいとか、足が速くなりたいのに、何の運動もしていない、あるいは、体重をコントロールすると言いながら「デザートは別腹」となることもあるのはなぜなのでしょうか。

それは思っていることの別の側面で、異なることを考えているのかもしれないし、行なっているようで十分ではないのかもしれません。

もう少し広い視野と言いますか、モノを見るとらえ方を変えてみることで、より強く思っていること、実はそのように思っていたということに出くわすこともあるでしょう。

カラダを動かすのは、何かを目指すとかタイムを縮めることではなく、気持ちの良い汗をかきたいとか、そのあとに食べるゴハンが楽しみであって、そのためであるのかもしれません。

自分の興味や関心の有無ばかりでなく、何が自分のより楽しみであるのか、それを知るのが良いので、できないからダメというものでもありません。

"今の"ということかもしれないし、長く取り組むようなテーマになるかもしれない、それ自体もっと追求していきながら、このトピック自体も引き続き考えていきたいと思います☆

 

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本屋に住む

 

自分のやりたいことやかなえたいことを考えていると、ひとつには壁一面の書棚のある(大きな)部屋というものがあって、好きな本や音楽CDを並べるというものがあります。

これは、紙でできている本そのものやCDの盤面ばかりを集めたいわけではないのですが、そこに含まれている内容(コンテンツ)を味わい尽くすためには、そういう物質的なもの(フィジカル)も必要ということです。

そのためにはある程度置き場所を確保しておく必要があるし、すぐ楽しめるように目に見えるようでありたいものです。

それを本の場合で推し進めていくと、好きな本に囲まれたり、知性を賦活する本が手元にあったりすることは、本を読むことしかり、自分の中に知恵や知識が蓄えられる喜びを大きく感じることができるものです。

突き詰めて考えていくのか、もっと手前で思いつくことなのかは定かではありませんが、それほど本が好きであるのなら、本屋に暮らせば良いのではという発想が浮かんでくるものです。

音楽の場合では少し事情が変わってくるので表し方が変わってきますが、映画好きが昂じて自宅を映画館にしてしまうとか、トレーニング好きが自宅をジムにするようなことに似ています。

あるいは、テレビの前の机、そのまわりにリモコンや化粧道具やらが手に届くようであれば、コンビニエンスストアに住めば生活にコト足りるようなことかもしれません。

狂気の沙汰かとも思われない発想ですが、これにはいくらかの問題があって、通常の本屋・書店では新刊が主に扱われるため、古本とか貴重な文献であれば、古本屋や図書館の機能もあると良いものです。

そうなると本屋に住むばかりでは十分ではないために、ブック○フや図書館も合わせて住みたいけれど、メインの住居はひとつにしたいともなってきます。

何とも悩ましい問題であるため、実行するにはどうすれば良いのか解決する必要があるので、そこで計画は頓挫するわけです。

これは実行しない方が良いのかとも考えてしまうかもしれませんが、美術品の収集家の家がそのまま美術館であるようなこともあるので、決して無謀というわけではない気がします。

手頃な本棚とか書斎という枠に収まらない点で、とても心踊ることではあるので、引き続き考えていきたいことのひとつです。

本の補充や入れ替えはどうするのか、そういうこともあるので良い発想でもって実現に近づけていきたいものです☆

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