SOBAJIMA YASUSHI

傍島康始|ブログ

Author: Sobajima Yasushi (page 2 of 133)

動いて保つこと

 

自分でじっくり考えるとか、何かを調べるような時間を持つことはそれで有意義なことかとも思います。

腰を据えてやらないことには身につかない技能や知識というものはあって、勢いだけではどうにもならないことは多いものです。

そうして、手持ちの知っていることやできることを増やして、自分の領分を広げていくことが大切でしょう。

その一方で、実際に行動を起こすとか、誰かに会うようなことも大切で、そうでないと物事が進まないことがあります。

何か明確なものがあってそれに向かうのでも良いし、とにかく目の前のことをやっているうちに予期せぬ出会いがあるなんてこともあるでしょう。

自分自身はどうにも、あらかじめ計画があってそれに沿って進めていく方が無理がないなと思う性分で、"よくわからないもの"に対しては態度を保留する傾向が強いものです。

ただ、どうにかなるかわからない時に踏み込めるかどうか、視界が必ずしも良くないところで前に進めるのか、これはきっと度量の大きさであるような気がします。

そして、そういう時に巡り合ったものが貴重なもので、だから実際に物事は動くし、より興味深いものになっていくということが言えそうです。

自分の枠組みで考えるということは、その大きさに関係なく、ある意味では限られた範囲に収まってしまうことでもあるかもしれません。

突拍子もないようなことでも、他の人にとってみれば特筆すべきことでないように、どれくらい妥当かというのは状況によりけりということも多々ありそうです。

ゴチャゴチャゴチャ〜とよくわからないように動いて考えてやっていくうちに、それなりの傾向や特徴は出てくるでしょうから、あらかじめこうしようというのは手放していくのが良いかもしれません。

見たり聞いたりすることの多くを自分の中に取り入れると同時に、誰かにまた伝えていく、そういうことを通じて、自分自身の風通しを良くしていくのが今できることのひとつである気がします。

わかってはいるけれどできてはいない、ならばできるようにしていけば、そこかしこで何らかの変化はあることでしょう。

少しずつ試しては直していき、何だかこんなところまで来てしまったというような、そういう感想を持っていきたいものです☆

 

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時に沈黙を保つ

 

思いつくことのあれこれを行動に起こしたり、誰かに伝えたりすることは大切なことかと思います。

それと同時に「言わぬが花」ということもあって、何でも明け透けにするから良いというものでもないものです。

自分の中でどうにも整理しきれないことや、いくらか見極める必要があることは、時間の経過をどうしても待たないといけないわけです。

これも程度の問題で、どれくらいとかいつくらいとか言えないものですが、それなりにかかるということでしか言い表せないものでしょう。

それでも、他のことをあくせくとやっているうちに手がかりが得られるかもしれないし、あるいは、異なる方向に打開しているかもしれません。

何となくこれからは次第に暖かくなっていくという時期にさしかかり、やはり寒い時期というのは、普段と変わらないようにしているつもりでもそれなりに縮こまっていたのだなと思います。

こういうことは、渦中にいるとわからないことで、振り返ってみてそういうことだったのかと、後から確認するしかない気がします。

ただ、そういう時期を経て次はどうしていくのか、それにあたっては伸び伸びと発想を繰り広げていくのが楽しさを倍増させるものです。

仕切り直しということもありますが、どうにもならないときにはじっとしておくに限るわけで、何だかんだと沈黙を保つのも大切です。

ある意味では、ぐっと屈み込むから高く飛び上がれるように、反動を意識してみるとその効果はより大きくなるかもしれません。

自分自身で杳として知れなくて、切り口鮮やかな物言いができない場合、いくらか不安に思うこともあるでしょう。

慌てず騒がず、そういう流れのうちにあるものだとして、やたらと逆らうことのないようにしていくのが良いのだと、今の時期ならばそう言うことができます。

いつの時も何かしら取り組む課題はあるし、頭をもたげる事柄もあるものです。

少しずつ解消していったり、行きつ戻りつ様子を見たりすることもあるでしょうが、その先の楽しいことや期待したいことを見失わないようにしていきたいものです。

すべてが思い通りにはならないかもしれないけれど、その思い通りにならないこと自体は思い通りになっているので、案外思い通りになると強く思っていれば、事実そうなっていくかもしれません。

これからの自分自身、大いに期待をかけていく次第です☆

 

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どう定めていくか

 

基本的には自分の意志で取り組むとか、何かを選ぶということはありますが、それだけではどうにもならないこともそれなりに多くあるものです。

たとえば、この学校で学びたい、この仕事に就きたいと思っても、何らかの試験や手順を踏んでいかないとできないこともありますし、それ以外の要因で阻まれるということもあるでしょう。

天変地異だとか自身の健康状態だとか予期せぬこともあるでしょうし、突如として考えの向きが変わるようなことだってあるはずです。

そうなると、今がそうだからずっとそうであるとも限らないし、いつどこでどうなるかというのも結構不如意なものなのかなという気がしてきます。

極意としては、少しくらいの移り変わりなど気にせずに、ひたすら流れに任せるというのがあると思います。

無理に流れに逆らおうとするから疲弊してしまうものですし、思い通りにならないことばかりではいちいち憂いてしまうことでしょう。

何も思わなければ何を思うこともない、それはいたってシンプルなもので、それでもこの境地に行くにはまだまだ修練が必要だなと思う今日この頃です。

そういうことを強く思って根底に敷きながらも、何に通じるかはわからないまでも少しずつ生活を良くしていこう、自分自身を向上させていこうという気持ちを持とうとしています。

ともすれば相反するようなことを上手に両立できると良いもので、限りはあるけれど今のところ限りがないという状態に決着をつけることができそうです。

何につけ、どうにも明らかにできないし、明らかにしないことばかりが目につくと、途端に息苦しさを感じてしまうものです。

こういうことは別に溜め込みはしないけれど、誰に言ったところで即座にわかるようなものでもないので、それこそ時の流れに身を任せておくのが良いと言えそうです。

今のところできることは、目の前のことに取り組むと同時に、少し離れた先に何を思うのか、途中はカッコでくくるようにして省略しておくことかなと思います。

願いを持つとすれば、もう少しふんわりしたところで「お腹がよじれるほどに大笑いしたい」と思っているのが楽しいところでしょう。

きっとこのように思うこと自体、いささかの窮屈さやどうにもならなさを持っているのかな、そう自覚しているだけ冷静に見れているのかもしれません。

面白いことのひとつふたつ、日々身の回りで見つけていきましょう☆

 

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