SOBAJIMA YASUSHI

傍島康始|ブログ

Author: Sobajima Yasushi (page 1 of 159)

思うを強く夢を見る

 

寝ている時の夢というのもありますが、起きている時に見る夢もあって、それは願望とか妄想とか、何かしらを思っていることを言うように思います。

自分で知ってか知らずか、心の底では何を望んでいるのかが夢には現れることもあって、そこでまた思い直すこともあるでしょう。

それは必ずしも現実逃避ということばかりでなく、今の状態が不満で溢れているばかりでもない。

いつも完全に満たされてはいないと言うこともできるでしょうが、きっと、より望む何かがあるのはもっと成長したい、もっと良くなりたいととらえるのが健全である気がします。

そうやって、これまで以上の何かを求める、そういう衝動があっての夢ということになるのでしょう。

もちろん、ある程度時間が経たないとできないことや、多くの人の手助けや手間がかかるようなことはありますが、だからといって現状に甘んじてはいけないように思います。

確かに今はそうではない、それでも何とかしようと思っていないと、ただ現状を維持するだけになって、いつも間にか前にも後にも進まなくなってしまうものです。

こういうことも、ある程度、気持ちや考えにゆとりがないと思いを馳せることもできませんので、深呼吸をして落ち着いた状態を1日のうちで数分でもつくる、そこからはじめるのが良いでしょう。

そこで何をどう思うかも大切ですが、それを力強く思うこともしていきたく、そういう思いの濃さが次第に現実味を帯びてくるものです。

季節が巡っていくにつれてとか、いろいろなことを試しているうちにとか、自分の気持ちや考えも少しずつ変わっていくもので、なるほど、いつまでも今と変わらずにはいられないものだなと、静かに得心することもあります。

たとえば、今日何をしたいというところからはじまって、数ヶ月先や年末に向けてとか、どうなっていると良いのかなと思いを巡らせていくのが良いでしょう。

もっとも身近な例で言えば、「ラーメンが食べたい」となれば、ラーメン屋に行って「ラーメンください」と言えば目の前に「はい、ラーメン一丁!」と出てきます。

これは、食べたいと思うところからはじまって、ラーメン屋に行く、注文するという行動になって、思っていることがかなっているわけです。

夢の大小は関係なく、そうしたいと思えばそれがかなう行動をしていくだけのこと、その流れを上手に乗りこなしていきたいものです☆

 

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見た目と異なる

 

嘘をつくとか欺くわけではないけれど、必ずしもその通りに表しているわけでない、そういう可能性を吟味してみるのも良いかもしれません。

たとえば、北海道に行っていたとして、周囲に報告する時には旅行に行ってきた、観光名所に行ってきたと言うとします。

それ自体、本当に旅行に行って、観光名所にも行っているのですが、メインの目的としては結婚相手の親元へあいさつに行っていたということもあるわけです。

この、メインの目的を目立たせないようにとか、他の方へ目を向けてもらいたいとかで、だから、あくまでわかりやすく旅行だ観光だという場合があるように思うものです。

こういうのは、別の場合でもあてはまるように思い、転職とか結婚とか、人生の大きな節目の場合もあるでしょうし、今はまだ言えない、ひっそりとコトを進めておきたいような場合もあるでしょう。

誰かに会いにいくとして相談を持ちかける、あるいは、その誰かが名前を出すには配慮が必要とか、無用な詮索を避けたい場合もあるかもしれません。

ご飯やお酒の席を一緒にするにしても、その店や料理を紹介することなく、近隣の立ち寄ったところを取り上げて話題にすることで、話題をそういう向きにすることができます。

こういう、自分なりの目的とか狙いとか、言って行う「有言実行」が好ましいけれど、言わないで実行していくのも良いと思います。

何でもかんでも明け透けに言うばかりでなく、重要なことは時機を見極めていくことで、それがまた重要さを増していくこともできるはずです。

細かい調整や修正も良いけれど、言いたければ言うし、言いたくなければいわないだけのことで、あまり深い意味や入り組んだ意図があるというものでもありありません。

それよりも大切なのは、しっかりとカタチにしていくことであって、手に入れたいものであるとか、かなえたい出来事だとか、そういうものを実際に表していくことではないでしょうか。

そういう前提があって、どういうストーリーのうちにいるのか明らかにするために、ひとつひとつの言動を節目として活用してみるということなのでしょう。

自分の見ているものにどういう意味を付していくのか、それは自分が何を思っているのかに起因していくので、今の自分が何を望んでいるのか、普段からしっかり探っていくことが良いように思います☆

 

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鏡の反射のように

 

モノでもサービスでも、金銭を介在しながらそれのやり取りをして、生活が成り立つものがあります。

仕事の場面で自分が提供することもあるし、自分が提供されることもあるでしょう、提供をする/されるの違いはあれど、そこには少なからず人とのやり取りがあるものです。

こういう風にやってもらえると嬉しいな、あるいは、こういう風にやると喜ばれるな、立場をどちらかに取りながら、いろいろと感じたり気づくものはあります。

意外と、自分はそうされるのを好まないと思いながら、いざ自分がやる方に立つとできていないことは多いような気がします。

たとえば、愛想良くやろうとしながらも仏頂面だったり、声のトーンを上げているつもりでも沈んだ様子だったり、思っているのと異なることはあるでしょう。

先にどうすべきかを思うことが大切ですが、自分が受けることを考えてみれば、どういう言動が好ましいかをいつも考えているような、そういう姿勢が大切なように思います。

そうすることもないのなら、笑顔や身振りですら与えることもなく、だから返ってくるものもない。

単純な金銭の授受だけでないところで、接客や仕事がどうにも面白く感じられないようであれば、たとえば「ありがとう」と言われるようにするには、どのような接客が好ましいか考えてみると良いでしょう。

工夫としては小さいかもしれないけれど、そういう積み重ねができる人は次第に上手になっていくものですから、だから、出世すると言いますか、大いに引き立てられることになるわけです。

逆に、「ありがとう」と言われないでいては、どうして言われないかもわからないから、そこに止まっているだけになるかもしれません。

時折、言うのに慣れすぎて「ありがとうございました、またご利用くださいませ」を「あーしゃーた、まはらごーりょーひゃーへ」みたいに端折っている人がいますが、これでは伝わるものもないから、何も返しようがないことになります。

これ以外にも、気がつかないうちに慣れてしまっていること、慣れているがゆえにおざなりになっていることがあるかもしれません。

いつも初心、そして、工夫をすることを忘れないようにして、こういうひとつひとつに取り組んでいくのが大切だなと思う今日この頃です☆

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