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傍島康始|ブログ

Month: 8月 2020 (page 1 of 4)

目指すはどこまで

 

今の自分自身、並々ならぬ気迫を持って、何かを目指しているということがありません。

業界No.1、目指すは東京ドーム、あるいは、アカデミー賞など、どれをとっても実感がともないにくいものです。

せいぜい当面の生活をどうするか、長くてこの一年ごとをどう過ごしていくかを念頭に入れておくくらいで、あとは、大きな波乱もなく、穏やかに暮らしていけたら良いなと思っています。

ただ、あるがままに行くのが良いとしても、何がどうでもよくて、ひたすら状況に流されるままというわけでもないので、今の思う"何か目指すもの"をわかりやすく提示しておくのが良いのかもしれません。

少なからずこういうことを望むとか、こうなると良いなということはあるので、それを多く集めて固めるといった具合でしょうか。

行動の先にもあるでしょうが、自分自身の夢や目標が先にあると、気持ちが燃えるというのもあるので、このあたりの巧みな組み合わせ方があると良いでしょう。

また、こちらの手前でモヤモヤとしているばかりでは、周りの人も杳として知れずとなってしまいますから、極端な話、でっちあげでも、それらしくしておくことは配慮のひとつかと思います。

その方が、周りは応援もしやすくなるし、自分自身もその気になってくる、このあたりのどちらが先でも、何かしら効果があれば良いわけです。

最初は小さい規模で、こじんまりとはじまるようなことでも、言っているうちに次第に広がっていくもので、その時々の見直しと点検とを繰り返しながら、総じて物事がより興味深い方に進むと良いなと思います。

今の時点で、特に何かがあるというわけではないものの、自分の目指すもの、あるいは直近で取り組んでいることは、「起業の準備中」であり、「物書き、ライターとしての修行中」ということになります。

ベンチャー創業とかスタートアップとか、あるいは、小説家、コラムニストなど、そういう言葉がふさわしくなるように、そういう向きに矢印を向けておくことが大切である気がします。

あるいは、自分にとっての理想郷が、南西(ニライカナイ)なのか西方(浄土)にあるのかはわかりませんが、それらしきものを追いかけていくうちに、情報を耳にしたり、協力してくれる人が現れたりしてくるでしょう。

何事も、大きくは変わらないかもしれないけれど、じわじわと変わって、より良いことになっていくようにしていきたいものです☆

 

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ひたすら追求する

 

ある特定の事柄やジャンルにおいて、長年慣れ親しんできて、知っていることは多い、むしろ詳し過ぎるかもしれないと思うことがあります。

最初はよくわからないまでも、毎日のように、あるいは、10年、20年と長年見続けていくことによって、次第にわかってくることは増えていくものです。

そうなると、話せることの多く、誰かと分かち合ったり、意見や知識を交換するようにやりとりしたくなるかもしれません。

確かに、ミュージシャンや役者、スポーツ選手など、気になっていくうちに、彼ら・彼女らのステージや試合を、足を運んで見にいくということがあって、同時に、一緒に楽しめる仲間がいれば、もっと楽しいことになるというのはあるでしょう。

そうなれば、応援やフォローにさらに熱が加わって、まさしく熱中し続けることができるかもしれません。

ただ、自分自身、そういうことの良さを理解し、肌で感じながらも、最終的にはそこはあまり目指していないなと、少し冷めた感じで見てしまいます。

突き詰めれば、これはただひたすら自分自身が楽しみたいだけであって、誰かと分かち合うためにあるのではないという、裏腹な気持ちを持っているのだということに気がつきます。

今までのいくらかを振り返ってみてもそうですし、今の気持ちを推し量ってみても、その気持ちに変化はほとんど見られません。

そうやって、誰かと関わることによって、知識や意見の不足を補うわけでもなく、逆に、そういうものをひけらかすわけでもなく、ただ、個人的に知らないことを知っていきたい、知っていることはより詳しくなっていきたいというだけで、それ以上は特に望んでいないと言えるでしょう。

広く知れ渡るようにして、アピール上手な商人というよりかは、ひたすら技術や技巧を追求するような、寡黙な職人のような気質かなと思います。

または、ひたすら好奇心を満たすために研究を続けるような、そういう科学者みたいなことかもしれません。

いずれにしても、自分にとって未知なるもの、未だ見ぬものに夢中になっていきたいし、そういうものを追い求める姿勢を保っていきたいものです。

時には、会話の端々に出てくるかもしれませんが、それもまた話題のひとつと思ってもらうのが、こちらとしてもやりやすいです。

この世の多く、自分の知らないことばかりで溢れていますから、とかくいつも謙虚にやっていきたいですね☆

 

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楽しい方を選ぶ

 

何か選択を迫られているとか、どれかひとつに決めるというような場面が、日々いろいろな場面で発生します。

時間ごとに食べるもの、仕事終わりや週末にすること、誰かに会って何を話すとか、ちょっとしたことまで含めていって数え上げれば、途方もない数になることでしょう。

そういう時に、自分なりの何かしら選んだり決めたりする基準があると思うのですが、それは一体どういうものでしょうか?

いつもそうしているからだとか、新しく調べたことにとりかかってみるだとか、自分なりのパターンもあれば、意外なキッカケからはじまるということも多い気がします。

自分でそれができるようであれば、好きかどうか、それももちろん大切なことですが、楽しいかどうかで選ぶのも良いように思います。

たとえば、昼食はいつも定番のカレーライスを食べているとしても、時には、エビフライ・あんかけうどん、レモン添えを選ぶような、よくわからないがゆえに大きな感動が待っているかもしれません。

無難であるというのは、何事も異変がないということで、大いなる安心感があるかもしれませんが、時にはそうでないものを取り入れることによって、未知なるものに対する興奮がわき起こってもくるでしょう。

今は、少なからず知っていることが増えている年齢にもなって、頭で、理屈で考えることが多くなっているのかもしれません。

そうやって、極めて理知的に考えるのも良いわけですが、もっと気持ちに素直にというか、感覚的にとらえるのでも良いように思います。

何が起こるかわからない、それは少なからず不安に思うこともあるでしょうが、その何がどうなるかわからないということが、気持ちはワクワクすることに、あるいは楽しくなる方につながっていくのかなという気がします。

そういう理屈でもって解き明かしてみても、やはり楽しく思うとか、楽しいと感じられるということに忠実になるというのは、良い自体をもたらすことが多いことでしょう。

あらかじめ着地点がわかっていることは、そのまま答え合わせをして終わってしまう感じに似ているでしょうから、良い感じで、どうなるかわからないスリルを混ぜていくのが、もっと楽しいことに近づいていく気がします。

今年の夏も、続く秋以降においても、楽しい方をより多く選んでいきたいものです☆

 

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