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傍島康始|ブログ

Month: 7月 2020 (page 1 of 4)

変えるかどうか

 

長く続く老舗の貫禄とか、多くの人に支持されるスポーツ・チームのように、それぞれに持つ"〜らしさ"があるように思います。

個人においてもそれはあるかもしれず、いつも身なりがキチンとしているとか、いつも物言いがハッキリしているとかの特徴が見て取れることでしょう。

それらは美点であり、ある意味では周囲の期待するものに応えているということでもあって、できる限り保持するのが良いように思います。

良いものは良いままで残すというのはわかりやすいものですが、これを商売であるとか、何らかの活動である場合、必ずしも思うようになるわけでもないことは知っておくと良い気がします。

たとえば、スポンサーを募ってテレビ番組をつくるとか、映画をつくるような場合、そこにはスポンサーの意向をどうしても反映せざるを得ないところも生じてきます。

また、時代の流れに合わせていくということも大切で、今までの通りやるのがベストでないことも生じてきてしまうはずです。

だからと言って、そういうものにすべて影響され、迎合してしまうようでは、自分たちなりの表現ができず、何を変えて何を変えないのか、適切なバランスを取る必要があります。

それに加えて、他にいくつも考慮すべきことがあればあるほどに、変えれば良いかと言えばそうでもない、変えないから一概に良いとも言えない、そういう難しさがあるように思います。

人によっては、「あの頃は良かった」的に言ったり言われたりするでしょうが、それが今の時点で妥当な意見なのかは、即座にはわからないものです。

長い年月をかけてみていると、同じところに携わりながら内容は異なってきているということも多くあって、はじめは焼肉屋ではじめたところがハンバーグ屋になるとか、テレビドラマやラジオに出ていた人が経済ジャーナリストになるようなこともあるわけです。

変える/変えないと自分で選別していくだけでなく、諸々の状況によって変わる/変わらないということもあるので、常に何が最善なのかを知るようにして、過剰な抵抗をしない方が得策なのかもしれません。

今の目の前のことに対処していくことも優先されるでしょうから、変えるところと変えないところをどうするのか、普段から考えておくと良いと思います☆

 

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良かれと思って

 

自分以外の、誰かの「〜したい」、「こうなると良いな」ということに対し、こちらとしても何か力になりたいなと思うことがあります。

たとえば、「ステキな人に出会いたい」となれば、自分の知り合いの中にいないかとか、こういうサービスが良いのでは?など、できる限りのことをしようとします。

しかし、よく聞いてみるとその「ステキな人」は、恋人になるような人のことではなくて、テレビを見て応援するとか、自分の髪を上手に切ってくれる人という意味合いだったということもあるものです。

よく聞いてみないとわからないということもありますが、自分のかけた労力が方向違いの方にまっしぐらというのは何ともお恥ずかしい限り、仲を取り持って、紹介しようとしていた人に対しても面目が立たないわけです。

このように、"良かれと思って"やったことが、何の役にも立たず、余計な誤解を招いてかえって大ごとになってしまうようでは、いささか萎縮もしてしまうものです。

何もしない方が波風が立たないのであれば、どうしても無難な方として選んでしまうことも多い気がします。

あるいは、より慎重に構えるようになって、思っているほど成果が出ないようなこともあるでしょう。

そのように考えていくと、何もやらないのも良いかもしれないけれど、ただ、何か行動を起こすことによって、想像をはるかに越える喜びがあるかもしれません。

何もやらなければ何もないわけですし、いつも何かをするたびに驚くほどのことはないかもしれない、それでも、その"良かれと思って"やることは大切なのかなとも思います。

打率は良くて3割、他の7割ほどは空振りをするかもしれないので、そこは了承してもらうのが良いかもしれません。

あとは根底にある誠意のようなものは、いつも欠かさず持っているのが良いでしょう。

決して迷惑をかけるわけではない、何か役に立てるようでありたい、そう思っていることが、より良い行動の実践につながっていくように思います。

場数をこなすことによって、物事の見極めもできるようになっていくはずなので、無理のない範囲で、自分の及ぼす影響の程度を考えながら、誰かのために動いていきたいものです。

それがお互いにとか、全体でできるようであれば、助け合いの輪が広がっていくように思います☆

 

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位置が変わる

 

スポーツ、演劇、芸術など、ひとつのジャンルを長く見ていると、大きくは年代順の並びがあるように思います。

ベテランがいて、中堅がいて、若手がいて、それぞれの役割を果たすようにして、シーンを盛り上げるように活躍しています。

また、誰が一番目立つのか、まさしくスターとなるとか、主役にふさわしいのは誰かを見るのも興味深いものです。

見ているこちらとしては、ベテランを凌駕するようにして、中堅や若手の人が台頭するのを楽しみのひとつとしているところがあります。

これからの時代を担っていた人に代わり、誰が次の担い手となるのか、それが長く見ていて、その移り変わりに立ち会いたいものです。

たとえば、タモリさんは特に弟子を取ったり、若手を育てたりはしませんが、誰が後継者たりえるのか、「ポスト・タモリ」は誰かというようなことを、周りが勝手に議論することがあります。

タモリさんがいて、タモリさんの後の人がいると、その並びで比較して話題にすることができるとしても、実際には別のところで、別の人が新たなスターとなるようなことが多いように思います。

それも思いもよらないようなところであるわけで、今でいうとYouTubeとか路上アーティスト、eゲームの選手のようなところで、意外なところで別の時代の流れを産むことがあるということです。

そういうことと合わせて、雑誌の創刊とか何かしらの集団を率いる場合でも、はじめた当初は誰もが若者で、新進気鋭の存在なのかもしれませんが、長く続けることでいつの間にか守りに入って、柔軟に物事に対処できないようなことがあるかもしれません。

老舗にありがちなこととして、その時代では通用したようなことも、現代版に更新することができず、そのまま力を衰えるということがあるでしょう。

カラーテレビや自動車が、かつてほどの需要がないようにして、その理由として、今はケータイ電話(スマホ)なのか、あるいは、旅行や観光に費やすお金が多く、そちらに回しているということが考えられます。

同じことを同じようにやっているようでは、いつの間にか"位置が変わる"ようなことがあって、上を目指すとか、世代交代を果たすことと同時に、周りの様子も見るのが良いように思います。

現在のいるところをしっかり把握して、何が最善なのか柔軟に考えられるようだと良いと思います☆

 

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