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傍島康始|ブログ

Month: 1月 2020 (page 1 of 3)

先にどちらか

 

お金が欲しいとなればそれ相応に働く必要があるように、何かしら貢献するから返ってくるものがあるというわけです。

何も貢献しないで欲しがるばかりでは、それは非難を浴びてしまうこと必至です。

これが、たとえば給料という形で、月にこれだけ働く/払うということであって、ある程度固定である場合はいかがでしょう。

日頃、長い時間働くとか、多く貢献しているのであれば、もう少し欲しいなと思うこともあるでしょう。

売り上げや利益を増やすことで、それに応じて還元すると言われたところで、それはいつのことになるのか定かではありません。

それをひとつの奮起をうながす材料とすることもできるでしょうが、果たして、先に売り上げや利益を上げるのか、先に給料を上げるのか、そのどちらがより張り切ることにつながるのでしょうか。

これが、プロ野球選手では、先に来季の年棒はいくらいくら、加えて、ヒットの数とかホームランの数などの出来高に応じてプラスするという場合があります。

なるほど、この場合では、さらなる活躍を期待しているよということで、先に年俸という形で明示されているわけで、それに大いに応えていこうではないかというのが道理のような気がします。

これが、これくらいヒットやホームランを打ったら払いますよ、または、これくらい観客の動員やグッズの売り上げをしたら払いますよとなれば、また取り組む心持ちが変わってくるものです。

これが、わりと身近な、多くの会社やお店で行われていることであって、先に目標や条件があるばかりでは、もしかするとやる気が大幅に削がれているかもしれません。

だから、結果としてもあまり十分な達成ができない、それは売り上げや利益が少ないことになるため、支払われる給料も変わらないという構図になっている気がします。

むしろ、先に金一封を渡す、これは決して金額の多寡ではなくて、もう少し人の気持ちとか、取り組む動機づけとかのところで有効な方法を取り入れるのが良いのかもしれません。

日本の場合、できて当然という風潮が強くて、できないと責めるような減点主義の傾向が強いので、今のようなことになっているとも考えられます。

できたから褒めるでもなく、先に褒めるとかやる気をうながす、こういうことを先にやるから売り上げや利益につながるとも考えられそうです☆

 

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手順を踏む

 

先にやるべきことをやっていくと、後から気持ちがついてきて、よりやる気が増すということが多く身の回りにあるものです。

そのひとつとして、寒さのあまり出かけるのが億劫である、それでも身支度を整え、外に繰り出してみると次第に気分が乗ってくるというのがあります。

こういう、それぞれのタイミングで行うこともあるでしょうし、年中行事としてその都度行う、そういうこともあるでしょう。

先頃の年末年始では、相応の挨拶をしたり、門松を用意してみたり、そうやっていくうちに新年を迎え、気持ちも切り替わるというものです。

これを一年の間で考えてみれば、二十四節気になぞらえてみるのでも良いですし、その時々でやること・やるべきことをこなしていくと良いなと思います。

そうやって手順を踏んでいくと、次にやることが見えてくることがあって、やらなければいけないと頭ではわかっているのに・・・というような停滞がなくなってくるでしょう。

運動やトレーニングをするのであれば、ウェアに着替える、靴を履き替える、準備体操をはじめるといった具合に、あれこれ考える前に少しずつでもやっていくのが良いわけです。

勉強するにしても、どうしようかと思いながらも机の前に座ってみるとか、鉛筆とノートを取り出してみるとかすれば、それなりにとりかかりはじめるものです。

集中するかどうかも、気合いの問題ではなく、環境をどう整えるかで大きく左右するものですから、案外脳みそというものはコロッとだまされるものかもしれません。

人それぞれに向かうべき課題や取り組みの内容はあって、それこそ千差万別かもしれませんが、こういう「手順を踏む」感覚を取り入れていくと良いように思います。

旅行に行きたいのならば、新幹線のチケットを取る、パスポートの交付に行くとか、ホテル・宿の手配をするなど、行くしかないような状況をつくれば良いわけです。

具体的な場所においても、達成すべき目標にしても、どこに定めるかも大切ですが、ひとまず走り出してしまう、そういう前のめりな姿勢って好ましく思います。

そこから考えても十分に間に合うものですし、じっとしているばかりではいかなるチャンスも舞い込んではこないでしょう。

思うがままにやっていく、それがあってどこかにハシゴや橋を架ける、そういう心意気でやっていきたいものです☆

 

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やけのやんぱち

 

人生は一回限り、だからやり直しは効かないと考えるのか、または、人生は一回限り、それでも、何度でもやり直しができる、そう考えるかでは随分と差が大きいものです。

もちろん、大切な命を粗末にしてはいけませんが、生きている限りはそれだけでどうにかなるもの、それはあるように思います。

いつも思うようになるばかりでなく、悔しさに明け暮れるようなこともあるかもしれませんが、そこは開き直ってみるのもひとつの手かなと思うものです。

やけくそになると言いますか、どうにでもなれと思ってみると、今までは躊躇していたようなことやあえて避けていたようなことに取りかかれることもあるでしょう。

たとえば、海外は言葉が通じないから怖いとか、お金がなくなったら嫌だから節約に努めているような人が、えいやと海外に飛び出したり、湯水のようにお金を使ってみると、思わぬ発見や出会いがあるかもしれません。

今まではそうしていなかっただけで、語学の楽しさに目覚めるとか、上手にお金を使うと楽しい時間を過ごせるとかして、自分の考えや行動の仕方に変化が現れてくることでしょう。

自分にとって新しいというのが重視したいところで、そういうことを続けていくと、自分自身もまた更新していくように思うものです。

失恋したから勢いで芸能界デビューするような人もいるくらいですから、大きな反動があっても良いものか、何がどう幸いするかわからないものです。

良いこともそうでないことも含め、気持ちが動くということは、ひとつの契機であるとか、何かを変える絶好の機会なのかもしれません。

ひとつを貫くようにして変わらないことも大切だけれども、時代の変化、社会の変化は避けられないものですし、加齢による肉体の変化、それにともなう心境の変化も当然あることでしょう。

案外、そうやって今までの殻を破るようにして、今までやったことのないこと、実はやってみたかったことに挑むというのは、かえって健全な取り組みとも言えそうです。

自分自身においても、ここからどう展開していくかが楽しみなもので、その都度思うことのひとつひとつを行っていくというのが良いように思います。

一度きりの人生であっても彩り豊かに飾ってみれば、それはひとつの充実となることでしょう☆

 

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