人の振る舞いを見て、その人を信用できるのかどうか、そこから関わりが生まれるかどうかのような気がします。

全面的にとまではいかないかもしれないけれど、どれくらいの関わりを持つのか、その程度というものはどういうところから判断するものなのでしょうか。

お互いにある程度信用し合えるのであれば、自ずと会話が生まれ、交流が生まれるというものですが、そうでなければそこから続く話は何もなくなります。

それでも、何かしら人との関わりはあるもので、日頃はそういうことを思い巡らすということはあまりないことかもしれません。

英語の表現で"A friend in need is a friend in deed."というものがあって、「困った時、まさかの時の友こそ真の友」という意味合いになります。

普段は、ゴハンを食べに行く、一緒に遊ぶような仲であっても、いざという時に手を差し伸べ合える仲なのか、そういう普段とは異なる非常時にこそ信頼関係が築けているのかがわかるというものです。

むしろ、そういう緊急事態にこそ真価が問われるというもので、自分自身が信用・信頼に足る言動を日頃から取るようにするのももちろんですが、誰かのことをそう思えるかどうかの感覚も養っておくと良いと思います。

こういうのも、決まり切った基準があるようなものでなく、誠意が目に見えてわかるということもないので、何かしらここは見ておくというポイントがあると良いでしょう。

普段意識しない限りは考えないようなことを、あらかじめ考えておくというのはとても頭の働きにおいても、自分の見る目を養うことにおいても、とても有意義であるように思います。

自分自身が思うのは、メッセージや返事の早さ、反応の早さが大切かなとつくづく思っています。

こちらからの連絡でも、見たのかどうなのか、わかるのかわからないのか、そういう相手の知りたいことを即座にお知らせできるというのが、「わかっている」と言える気がします。

また、普段から「ありがとう」と言えているのか、謙虚さや相手への敬意を持つにつながるような感謝の気持ちをいつも持てているのか、それもとても大切なことです。

普段から良い行いをしていれば、困った時に人がさっと手を引くことなく差し伸べてくれる、ただ、非常時にこそ如実に現れるということなのかもしれません☆

 

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