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傍島康始|ブログ

Month: 11月 2018 (page 1 of 4)

笑顔の素晴らしさ

 

最近特に思うのが、笑顔って良いなということです。

笑顔の良い人はきっと笑顔になる機会が多いものと思われ、これはそういう機会があるから笑顔になるのでなく、いつも笑顔だからまたそういう機会に恵まれるものと思います。

逆に、ムスッとしていると、次々とムスッとすることが多く訪れ、そうすれば当然愚痴や文句が出てきます。

すると、さらにムスッとして愚痴や文句を言うものだから、余計にそういうことになるのでしょう。

それに、笑顔でいるということは、その表情をつくるにも普段からしていないとできないものです。

無理にすると、何だか強張って見えるもので、不自然極まりないものでしょう。

できる限りで良いので、少し大げさなくらいで"ニッ!"とすると良いと思います。

それが慣れてくれば、もっと"ニッ!"とするとか、声を出して笑ってみるというように段階を経ていくと良いでしょう。

何が何だかわからないけれど、とにかく楽しいという気分になったらとても良い境地と言えるでしょう。

そういうひとつひとつを楽しんでいくうちに、次第にナイスな笑顔ができるようになるし、気持ちも上機嫌にあるとか、案外穏やかなままでいられるかもしれません。

試しにいっちょやってみるかくらいの気楽な動機ではじめていくと、次第にコツがつかめてくることでしょう。

あるいは、身近にお手本となる人はいないものか、先に探してみるのも良いものです。

そういうステキな笑顔の持ち主のひとりとして、ALDIOUSのトキ(Gt)さんを紹介したいと思います。

トキさんは、普段からニコニコとしているし、ライブやイベントで人前に出ていたり、TwitterやInstagramで随時発信していたりするものですが、そういう時にも、楽しい、幸せ、ありがとうの言葉を添えて笑顔でいます。

こういう心がけがあるから、また笑顔になる、良い言葉を使うことになっているわけで、その繰り返しで多くの人を魅了していくことになっているものです。

明るい、良い雰囲気があるから、多く人が集まってくるわけで、逆の場合ではどうなのか、少し考えるだけでも随分と悲惨なことになってしまいます。

自分の場合ではどうなのか、ステキな人に出会いたいとか一緒にいたいということであれば、今日の今からでも"ニッ!"とやるところからはじめていきましょう。

これからは寒さもどんどん増していくでしょうから、表情においては(かつ、気持ちももちろん)いつも朗らかにいたいなと思う今日この頃です☆

 

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引き立てられる

 

毎度お引き立ていただきまして、まことにありがとうございます云々。

そんな言い回しがあるように、誰かに引き立てられることによって、どうにかこうにか成り立つものですし、むしろそれでしか成り立たないような気がします。

ひとりひとり、その人たちの関わる度合いの深さもありますし、どれくらい多くの人が関わっているかにもよるでしょう。

そして、引き立てられたいかかどうかでは、ほとんどの人が引き立てられたいと思うはずです。

このあたりは、嫌われるよりかは好かれたいと思う気持ちに似ているかもしれません。

ならば、一体どういう人が引き立てられて、そうでない人はなぜなのかを探ることによって、共通するところのいくらかが次第に明らかになることでしょう。

身近なところで見渡してみて、引き立てられている人をさりげなくチェックするとか、どうしていると引き立てられることになるのかを観ていくのが良さそうです。

そして、自分自身との関わりにおいて、こちらのしたことや相手のしたことで、どうなると引き立てたくなるのか、それを知るのも大切かなと思います。

引き立てたくなるのには、応援する、鼓舞することにはじまり、具体的な何かを知らせたり渡したりすることが含まれるでしょう。

そうやって、ひとりふたりでなく、できるだけ多くの人に働きかけることによって、個々の反応や行動の仕方を知るのが良いものです。

その反応があろうがなかろうか、行動をしようがしまいが、それは先日のように「どうでも良い」わけで、良いものがあれば随時見出すというだけのことです。

多くの例を自分にもたらすようにしていくうちに、共通する何か、それも大いに引き立てられることになるものを知っていくはずです。

これも、知るのとやるのは並行することになりますが、知るからやる、やるから知るようにしていくのが良いでしょう。

誰より、自分を引き立てられるような存在になることを目指し、この身でたっぷりと味わっていきたいものです。

ただ、これは誰かを貶めるわけでもないし、出し抜くようなことでもなくて、引き立てたいと思うような人を引き立てるには、自分が引き立てられないことには何も話がはじまらないと思っているからです。

あるいは、お互いに引き立て合うことによって、順々に良いことになっていくのでも良いわけで、何かしらのコツを知っているというのは強みになっていきます☆

 

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どちらでも構わない

 

日々の局面、何かを選び、何かを選ばないことで前に進んでいきます。

主体的に、かつ、いろいろと自分の意思を持って判断することが必要なこともあれば、そうでないことも多々あるものです。

極論して「何がどうであっても、どうでも良い」と、あまりに飾らずに言ってしまうと語弊があるものですが、そうとしか表しようのない境地もある気がしてなりません。

たとえば、"カレーライス"と"カレーうどん"のどちらかと問われて、だいたいカレーが食べたければ十分に間に合っていることになるし、もっと突き詰めれば空腹が満たされれば良いので、ごはんかうどんかはそれほど差異はないと言うことができます。

好きとか嫌いとかも持ち出すこともなく、食べることできればそれで良いじゃないかとなるものです。

では、この考えをどのあたりにまで広げていくかということになりますが、大半がそうなると結構気が楽になるのかなという気がします。

着る服で考えてみると、今は秋から冬の時期になって、オシャレすることも楽しめればそれに越したことはありませんが、まずは寒くないように気込めれば良いなとなるでしょう。

その上で、色合いはどんなのが良いなとか、素材はこういうのが良いと出てくるのであって、寒さをしのがないことにはそういうことも考えられないような気がします。

そうやって、必要な分だけの衣食住が足りていればそれで十分という気持ちでもって、それに対するようにして、自分の思い入れのあるところはうんと練り込めるのがコトの順序なのかもしれません。

自分の中で気楽に構える部分が増えると同様にして、他の人の意見や感覚に対しても「どうでも良い」と考えていると、同調もしない代わり対立するようなこともなく、とても穏便に過ごせるかもしれません。

ある意味では、「柳に吹く風」のようにして、ゆらゆら身を任せているだけになるとしても、ポッキリ折れるようなことのない柔軟さを遺憾なく発揮することができるでしょう。

何にも染まらないし、何に染めることもない、単純にそれだけのことになるのは究極の状態かなと思います。

繰り返しになりますが、この境地に立つということは"無色透明"の存在になるということであって、人によっては理解しがたいことになるなということは、少し気にかけておこうという次第です☆

 

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