誰かの文章を読んでいて、何かしらの「違和感」を感じることがあった場合、それはどういうところに起因しているのかなというのを、それもまた良い機会であるので、自分なりに考えてみようかなと思いました。

自分の書いたものが、読んだ誰かの反感を買うとか、大勢を巻き込んで物議を醸すとか、伝えたいメッセージとはまるで離れて、当初の目論見とは外れてしまうのは、できれば避けておきたいところです。

そして、これから展開していくことにしても、誰かを槍玉に上げてどうこうすることではなくて、もしも文章を書くとか、さらには声に出してコメントを出すとかいう場合に、それに先行して何より自分自身が念頭に置いていけるようにしておこうというだけのことです。

どうせなら、敵を増やすより味方を増やした方が良いのは言わずもがなのところです。

実際、余計な先入観や偏見を横に置いて平たく読むにあたって、ひとつに思い至ったのは"迂闊である"のかなと思いました。

言っている内容としては特に逸脱をしているわけではないし、その人の"自分はこう思う"というのを素直に出しているわけですが、特に言葉遣いにおいてどうも気になる=引っかかることがありました。

そうなると、こちらの深く意見を徴しようという姿勢が崩され、その言葉遣いの方ばかりに意識が残ってしまいます。

他の場合でもそうですが、誇張が過ぎたり、比喩がひねりすぎていたりすれば、伝えたいメッセージが届かない/届きにくいことは、自分にも思い当たることがあります。

技術的には「ワーディング」という言葉選びのものがあって、使うべき言葉を使うべき場面で取り出すことができるのかどうか、この部分を日頃より丁寧に意識しておくと良いでしょう。

あとは、主観的に思うがままにやるのが優先して大切なことですが、客観的に読んでどうであるかという視点も同時に持ち合わせておくと良いかもしれません。

特定の人を読者に見立てて、その人が読んだ時にどう思うのか、その方がより具体的に思い浮かべることもできるでしょう。

このあたりは、村上春樹さんの「うなぎ理論」からアルターエゴ(他我)のように、波及していくものですが、ひとまずは読む人に届くようにと、その素直な敬意を文章ににじませることからはじめていきたいものです☆

 

 

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