"はじまる前にはじめておく"、そんなことは可能なのかと問われれば、広義においては「可能である」ということができるような気がします。

たとえば、頭で考えるのとカラダを動かすのを別にして「走る」ことを考えてみれば、地面を蹴って足を前に出していくことがカラダの動き、そして、そのカラダをどの方向に進めていくのかは頭の動きであるということができそうです。

走りはじめより勢いをつけて足の速さに加えていくにしても、どの方向にどのくらいの長さを走るのか、それを把握していないことには気力・体力はいつか費やしきってしまうことでしょう。

また、それが100mの短距離なのか42.195kmのマラソンなのかで、ペース配分も異なれば、コースの位置取り、手の振り方、呼吸の仕方など相違は多くなるものです。

あらかじめ想定しておくことを、字義のごとく"予想"となるわけですが、まさに走り出そうとして、走り出している間にも少し先のことを思い浮かべながら、今自分のカラダがどのような動きをしているのかを把握しながら、ひとつゴールに向かいながら微細な調整をしていることでしょう。

それがまた、試合(レース)の前であれば、いわゆるイメージトレーニングとして練習の一環として行うかもしれませんし、眠りに就く前に行うのかもしれません。

日頃の練習によって、自分の持てる力を最大限に引き伸ばしていくわけですが、それにしても自分がどのような状態であるのが好ましいのか、あるいは、どのような状態であれば試合(レース)で良い成績を収めることができるのか、きっと理想の状態があるから目指すこともできるのでしょう。

そうでもなければ、闇雲に距離だけを走っても、ひたすらに長い時間を走ってもどうにもならないような気がします。

これはまた、普段の生活においてもあてはまることで、自分が何を目指し、今の時点で何に取り組むべきなのかを知らないことには、何にも行き着かないような気がします。

何事も、やらないことにははじまらないわけですが、先に目指すものを知り、そこに行き着いた様子を思い浮かべることで、やっている途中のことも知ることができるし、何より、目指すものに行き着いたその時に行き着いたことを知る上でも必要なことだなと思います。

 

頭の働きとカラダの動きとを絶妙に絡ませ合いながら、前に進んでいく、それがコトの要諦なのではないでしょうか☆

 

 

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