SOBAJIMA YASUSHI

傍島康始|ブログ

Date: 2017年11月8日

幸福追求論・序説 <その3>

 

<その2>からの続き…。

 

 

だいぶ多くの分量を費やしてきて、

言いたいことの多くも出し切ってきたところで、

ひとつ締めくくりに向けて続けていこうと思います。

 

付随すれば、内田樹さんの「人生はミスマッチ」とか、

結婚と合気道」とかの内容を知ってもらうことで、

言いたいこともあるのですが、今回は紹介に留めておきます。

 

ここからは、何かを取り上げながら進めるというよりかは、

いろいろなことを考えながら、私はこう思うというところを、

多く書き記していければ良いなと思っています。

 

 

今回、言いたいことばかりが増えて溢れただけなので、

タイトルはほとんど即興的に考えていましたが、

内容に照らし合わせてみれば、"幸せなセックス"とは何か、

"心身ともに深いつながり"を持つにはどうすれば良いのか、

こういうことが主題として掲げているわけで、

それを追求しながら考えるのが良いだろうと思ったことと、

あとは、「天使論序説」というものの影響もあります。

 

身の回りで、あまり知っている人はいないけれど、

なかったことにするにはできない話のひとつです。

 

 

代々木忠監督のブログでもあったのですが、

トラウマのセラピーとかカウンセリングとかで、

突き詰めていくと性的なことに関わることが多く、

それだけに、自分自身の自我とか存在に対して、

セックスというものは大きい影響をもたらしているわけです。

 

自分自身の場合、それがあてはまるのかはわかりませんが、

確実に、長く心の中で抱えている事柄はあって、

必ずしも性的なところはないのかもしれませんが、

何となく推測するに感じ取ることはできる気はします。

 

特に、こういう10月や11月を迎えようとする時期は、

思いが溢れて、目が潤うようになってくるものですが、

これは誰に対しても言えるようなものでなく、

容易にわかってもらえるようなものでもないだけに、

私は私の口を閉ざし、心も閉じるようになるのだと思います。

 

ある程度わかっていて、そうでないように振る舞いもしますが、

根底だとか、背景だとかに思いを持つような人がいれば、

それはまた、ありがたいことだなと思うし、

自分も少なからずそうでありたいと思っています。

 

代々木監督の場合では、セックスで負ったものは、

セックスで解消するようなことも多くあるようで、

恋愛の痛手は恋愛で埋めるとか、

仕事の失敗は仕事で挽回するように、

決して同じ轍は踏まないようにしながらも、

逃げずに立ち向かっていくことの勇気を思うものです。

 

そういうものは、言わなくても伝わるようなもので、

普段の心がけや姿勢が問われているなと思います。

 

 

あとは、自分の人生の運命のようなところで、

今は、高円寺で「居酒屋・竜ちゃん」を経営している、

山本竜二さんのこれまでの歩みが強く胸を打ちました。

 

著書の「男優・山本竜二」が今は絶版になっていて、

中古でも定価よりも少し高いくらいなのですが、

何かを成し遂げたような時に手に入れようと、

今は(今もずっと)思案中です。

 

機会があれば、手に入れて読んでみたい一冊です。

当時、この刊行を記念したインタビューがあって、

これだけでも相当の内容の濃さがあるので、

ついつい引き込まれて読んでしまうものです。

 

どれもが壮絶とでもいうようなエピソードばかりなのですが、

山本竜二さんは、それでも前向きといいますか、

特に悲嘆に暮れていないところが素晴らしく思います。

 

体を張っている、その張り具合が人並みではないのですが、

ウ⚪︎コは食べるもの!?かを知るきっかけにもなるので、

決して諦めない「自転車理論」も知ってもらいつつ、

詳しくはインタビューを参照してもらいたいものです。

 

 

果たして、"幸せなセックス"ができるとか、

"心身ともに深いつながり"を持てるとかを、

自分なりにとことん突き詰めて考えていくと、

行為としてのセックスをしないよりかはもちろんしたいけれど、

そこだけを求めているばかりではないなというのがあります。

 

自分の性欲がどれくらいだなんてわからないものですが、

まったくの皆無ではないので、少なからずあるとしても、

それ以外の要素、会話や心の通じ合いなども求めており、

そういうものを大きくひとまとめにして、

全体的につながれる人が、異性であればより良いものか、

それが"幸せなセックス"につながるとか、

"心身ともに深いつながり"になっていくように思うわけです。

 

多くの場合では、仕事の話はこの人、趣味の話はこの人と、

それぞれを分けて話すことが多い普段の生活においては、

むしろそれがほとんどであって、当然かと思いますが、

たとえば、今の仕事をしているのはなぜなのか、

趣味にしても、どうしてそれを好むのかなど、

自分自身の存在の全体を知り合う機会は少ないものです。

 

医療の現場では、それぞれの専門や得意な分野があるにしても、

患者の全体を見て、診察しましょうという考えもあって、

咳が出るのは、肺の疾患ではなく別のところであるとか、

足が動かないのは、脳の腫瘍が原因だということもあるので、

特定のある部分ではなくて、全体で見ることで、

その人全体を良くしていこうという考えになります。

 

普段から一緒にいるような人や身近な人であっても、

部分でなくて全体で見るようなことが好ましく、

断片的に言えば、自分自身の興味もいくつもありますが、

それを個人でとらえると説明がひとでできるように思います。

 

先ほどのトラウマの話ではありませんが、

たとえば、順風満帆に生きているように見えても、

違うところでは物足りなさを感じているかもしれませんので、

家族構成、趣味・特技、生まれ育った環境や、

これまでに受けてきた影響などを多く知り合って、

それでどうなのかということが大切にしたいところです。

 

 

それに関して、セックスについても考えてみれば、

生殖、快楽、安心=孤独の克服のどのセックスなのか、

私が求めているのは、3つめが多く占めるように思います。

 

森林原人さんの「セックス幸福論」が刊行されたのを記念し、

二村ヒトシ監督と行った対談が非常に興味深く思いました。

 

これまで書き記してきたようなことを凝縮したような内容で、

たった一度でも、"幸せなセックス"ができ、

"心身ともに深いつながり"を持てるのであれば、

もうそれだけでも生きていけるくらいの感覚になるそうです。

森林さんも、二村さんもかなり哲学的に考えているし、

理論も実践もあるところに説得力があるものです。

 

 

総じてということになるのでしょう、

どうにも物事がうまくいっていないとか、

自分は恵まれていないとかを考えるような時には、

気持ちが過去に行ったり、未来に行っていたりするものです。

 

これまで何度か取り上げているように、

呼吸を意識することで、これらの解消になることもあり、

瞑想が良いとされるのは、これにも関連するところです。

 

呼吸の仕組みとしては、意識をしていようがいまいが、

息を吸って吐いてを繰り返しているものですが、

どうしても緊張しているような時には、

呼吸が浅くなりがちで、交感神経が優位に働いています。

 

これを意識的に深く呼吸することによって、

副交感神経とのバランスを取って、

気持ちがリラックスしてくるものです。

 

ここでの、呼吸の仕方で言えば、

意識/無意識、呼吸の浅さ/深さとともに、

交感神経/副交感神経に働きかけることができています。

 

また、何か心配があるような場合には、

過ぎ去った過去を思い悩み、まだ来ない未来を憂いと、

気持ちが"今"に来ていないことが大きい理由のようです。

 

そこで、意識的に呼吸を意識することで、

"今、ここ、私"と、時間的にも空間的にも、

そして、自分自身にも意識を向けることができるわけですね。

 

これは、過ぎてしまったことは取り戻せないし、

起きてもいないことは手の施しようがないわけで、

私は、今まさに何ができるのかということに目を向ける方が、

今のこれからをどのようにもできることにつながってきます。

 

そうして、その繰り返しで、昨日より今日、

今日より明日の気持ちで、前向きに取り組んでいくことが、

物事自体も好転していくことになっていくものです。

 

 

これはきっと経験のあることかと思いますが、

楽しい時には時間が早く過ぎるものだし、

そうでない時にはやたら長く感じるのは、

それなりに自分自身に返ってくるようです。

 

実際には2時間くらいが過ぎていようとも、

体感の時間で、それが2分だとするならば、

その人自身が生きている時間が2分ということになって、

だから、毎日を楽しく過ごしている人が若々しく、

いつも元気でいるというのは、ここに理由があるそうです。

 

誰にも等しく1日が24時間であって、

一年ごとに年齢が増していくものですが、

それと体感の時間が異なることによって、

年齢の割に若いとか、その反対とかがあるので、

そういう意味では、"年齢は数字でしかない"のは、

理屈が通っているなと思うわけです。

 

そうして、"今、ここ、私"が生きることに夢中であれば、

まさに今にしか気持ちや意識が向いていないわけで、

時々は目が回るほどに目まぐるしいとか、

記憶にないくらなこともあるかもしれないけれど、

それはまた、幸せな状態なのかもしれません。

別の言い方をすれば、"今に集中する"ことが幸せであり、

その積み重ねが、大きな幸せになるような気がします。

 

 

そして、「序説」とも謳ってはいますが、

これは今回いっぱい考えたことは終わりでなくて、

全てのはじまり、続きはこれからだともいうようなことで、

これからも引き続き追い求めていこうと思っています。

 

あくまで、ここがはじまりというようなところなので、

「序説」の次が何になるのかはわかりませんし、

続きをどうするかということは、今のところは未定です。

 

これまで、ひとつのことをいくつかの要素に分けて、

それで取り上げて考えてきましたが、

だいたい3つに分けてみると、わかりやすくなる気がします。

 

そうして、最後に(なるかは少し不明ですが)考えてみると、

"幸せなセックス"、"心身ともに深いつながり"のためには、

理屈ばかりでもなく、感情ばかりでもなく、

行為ばかりでもないような気がしてきて、

これを簡略化すると"頭、心、体"の要素になるかと思います。

 

これは、個人差はもちろんあるものですし、

ひとつの大きな傾向だなと思うのですが、

男性はどうしても頭で考え、女性は体で感じるのが、

どちらかというと傾向として強いのかなと思います。

 

そうして、男女の関係でしばしば問題が起こるのは、

理屈っぽいのと感覚的なところでの衝突・摩擦があるのかなと、

今後のために、心に留めておきたいなと思いますし、

お互い配慮ができると、より望ましいなとも思います。

 

"幸せなセックス"や"心身ともに深いつながり"のためには、

どれもが必要で、どれもが欠かせないわけで、

どれかひとつばかりがあっても、成り立たない気がします。

 

私の場合で言えば、考えるのが好きで、その傾向が強いので、

動いていくのと、感じていくのを念頭に入れながら、

もしもそれが行為としてのセックスであるのならば、

そこに没頭していくのが良いということになります。

 

どんなことでもそうですが、知って、やってみて、

それでわかることが多いわけですから、

その流れや順序を意識していくことが大切なことです。

 

 

これまで、セックス、セックスと何度も書き記していますが、

"幸せなセックス"や"心身ともに深いつながり"のように、

私の求める、セックスが安心=孤独の克服とすれば、

それを追い求めていることを言い換えてみるならば、

「性欲」や「セックス」→「生きる力」としても良さそうです。

 

「性」の漢字の成り立ちが「心が生きる」ことでもあるので、

まさに、心が生きていく「生きる力」を賦活して、

それがまた"生命力の強さ"みたいなことになれば、

そのときには、少なからず"幸せなセックス"を体感し、

"心身ともに深いつながり"を持てているように思います。

 

頭と心と体とを駆使していく今後においては、

考えるばかりでもなく、感じるばかりでもなく、

そして、動くばかりでもなく、

そのそれぞれが三位一体となっていくことが、

何か理想に近づいていく道程のように思います。

 

 

これまで述べてきたようなことを考えたり、

体系的に知っていたりする人がいるのかは、

機会を見て、個別に尋ねていくしかないわけですが、

人と関わることの可能性も感じながら、

本当にひとりでも構わないので、

そういう人=異性と知り合ってくことを望みます。

 

少なくとも、これだけの(感覚的な)紙幅を費やしているので、

私が、口を閉じていても頭で考えていることの何割かは、

これで何かは伝わり、わかってもらえるような気がします。

 

本当の最後には、しみけんさんのプロ魂を感じられる、

プロフェッショナル 仕事の流儀(風)」(PCのみで閲覧可能)を、

ここに紹介して、締めくくりとしたいと思います。

 

<終>

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今は昔と思いながら

 

今年はまた、Hi-STANDARDの活動が活発になっていますが、

そこで横山健さん(Gt、Vo)が語っていたことが印象深く、

その発言の内容のニュアンスとしては、

「AIR JAM世代とかハイスタ世代とか言われるけれど、

今の時代に、俺らが集まって活動しているから、

そういう意味では、全員それにあてはまる」とあって、

これはかなり示唆に富む内容だなと思いました。

 

バンドの軌跡をたどってみれば、

2000年前後でかなりの盛り上がりを見せていて、

バンドとしても、イベントの「AIR JAM」としても、

ひとつのピークを迎えていたこともあり、

それが強烈に印象に残っている人も多いでしょう。

 

年代的に言えば、当時の20〜30歳代が多いのかと思いますが、

個人的には、その世代の真ん中にありながら、

厳密には、その影響をほとんど受けていないのはあります。

 

自分の場合で言えば、ロックからメタルに行き着くような時期で、

今でこそ、横山健さんのソロに注目をしているように、

当時はさほどパンクは熱心にチェックしていなかったので、

ハイスタにしても、強い思い入れは特段あるわけではありません。

 

わかりやすいところでは、これも後追いになりますが、

強いて言えばLUNA SEAのJスレイヴになるのか、

これもまた、音楽のジャンルに限った話になります。

 

あるいは、時々年長の世代が「ビートルズ世代」でくくられ、

"あの時代は、誰もがビートルズに夢中だった"と言われれば、

あ、そうなのかと盲目的に信じてしまいそうですが、

 

自分の両親や親戚の何人かに聞いてみれば必ずしもそうでもないので、

この言い回しには、ひとつ注意が必要になってきます。

 

人によっては、音楽以外のことに強い興味があったり、

音楽にしても、他のジャンルやバンドに興味があったりと、

人数の多さや比率の割合は異なるでしょうし、

どのタイミングで夢中になっても構わないわけです。

 

自分自身も、たとえばこれから勝新太郎さんや、

嵐寛寿郎さんに夢中になっても良いわけですし、

そこで「⚪︎⚪︎世代」の制約を受けるわけでもないのです。

 

同世代的につながって、ひとつのムーブメントをつくるのは、

思い出を共有したり、盛り上がりをつくったりする上で有効ですので、

そういうのも知りつつ、楽しんでいくのが良いものです☆

 

 

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