これはどうやら、ある種の風評であるようなのですが、

女性が、電車の中で化粧をするのが好ましくない理由として、

娼婦のようにお客を取る合図だというのがあります。

 

かつては、娼婦が街角に立ってお客を取るのに、

そこで化粧を直しているというのがあったそうなのですが、

実際にそうだったのかは、議論の分かれるところでもあります。

 

それは予断を許さないことではありますが、

要は、それだけ人前ですることではないし、

やるのはみっともないよという"たしなめ"のような気がします。

 

たとえ、時間がなかったから仕方がないとか、

周囲に、特別の迷惑をかけていないから良いではないかと、

そのような反論を持ち出してくることもありそうで、

それが好ましくない理由としては何があるのかを考えるのは、

ひとつの機会として良いのかもしれません。

 

こういう場合には、そうである場合の極端や、

逆の場合の極端を考えると、想像がしやすいのですが、

人前で化粧をすることから、引いて考えてみると、

"私は、(一応)しない方が良いことを堂々としてしまう"とか、

"周囲を顧みない、非常に自己中心的である"というような、

行為そのものから見えてくるメッセージがあるように思います。

 

そして、そういうメッセージを発信することで、

何かしら有益であるのなら、続ければ良いだけのことだし、

そうでないのなら、改善を図るのが良いと言えそうです。

 

そういうことは、他のことでも現れてくるし、

チャンスという意味での機会はあまり訪れないようにも思います。

 

電車の中は、他者と過ごす社会の縮図のようなところがあって、

そこでの例を取り上げることが、わかりやすいなと思うので、

たとえばひとつを、ここで取り上げてみます。

 

携帯電話の使用において、電波による影響は、

実際は少ないと見る向きもあるわけですが、

今は(一応)控えることを促す優先席において、

携帯電話をこれみよがしに操作するような人や、

ましてや、足を投げ出したり組んだりする若い人を見かけると、

こういうことをわざわざすることによって、

積極的に自分の価値を自ら下げてやいないかと、

どことなく暗澹とする思いとともに、

少なくない心配を勝手にしてしまうものです。

 

あるいは、このような構造的にとらえることができていない時点で、

そういうものがあることを、今後も知ることもないのだろうと思い、

やはり、素直・謙虚であるというのは真髄なのだと思うわけです。

 

このあたりはまた、じっくりと考えていきたいものですね☆

 

 

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