この世のすべてのことは、人の為すことでできあがっていると、

そのように考えることで、至極腑に落ちる瞬間がありました。

 

どこへ行って、何をするにしても、

誰かが道路を舗装し、線路を走らせているように、

誰かが何かをしてくれたから、

それをありがたく享受できているわけですね。

 

たとえ、ひとりでパソコンを使って、

通販で衣服を手に入れ、出前で食事を取るにして、

終始"ひとりで"完結しているようでも、

電気を使えるようにして、送電線を走らせもし、

パソコンをつくり、物を作って運ぶ人がいる、

そのことに思いを馳せる必要があります。

 

そうして、自分の得意であったり、

何かしら取り組んでいることだったりすることを、

自分のためだけでなく、誰かのために役立てるというのが、

世の中の流れに乗ることでもあるのかなと思います。

 

距離的なものも、時間的なものも、

遠い・近いの隔たりは少なからずありますが、

人それぞれに、やること為すことが積み重なって、

今がこうして成り立っていることでもあります。

 

当然、自分の知識や経験だけで収まらないこともあるし、

自分の範囲の外側にも存在するものがあることを知って、

そうして、ある意味では人そのものを理解することが、

社会や世の中の仕組みを知ることでもあって、

すべての分野や領域は地続きなのだと思う、

そういう豊かな想像力が必要なのかなと思います。

 

また、おそらく人が人として生きていく上では、

孤立はあるかもしれないけれど、孤独であってはならないのは、

人間的な営みをするのは、まさしく、人の間に生きることであって、

あるいは、人の輪の中に生きることが通常だと、

こういう感覚を持っていられるかどうかに関わってきそうです。

 

よく言われるように、"ふたり"でいるとして、

楽しいことは2倍に、悲しいことは半分にと、

それが人自体が増えれば、何倍にも楽しくなるし、

悲しいことは、ほとんどないようなことになります。

 

どんな人であっても、自分ひとりでこの世に生まれ落ちたわけでもなし、

家族・親類からはじまり、ご近所、同じ町、同じ地域…となれば、

果たして、宇宙に人類がいるのかはロマンの領域ですが、

地球規模で言えば、どんな人とだってつながりはあるわけですね。

 

そしてまた、「袖振り合うも他生の縁」というように、

いくつもの因果が絡み合って、身近なところに現れるものですから、

そうした"出会う"ことも、自分の為すことのひとつなのです☆

 

 

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