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傍島康始|ブログ

Month: 10月 2017 (page 2 of 11)

費やして尽くせるもの

 

何となくですが、どれくらいの字数や紙幅を費やせば、

今の思っていることの過半数をカバーできるのか、

正直、よくわからないなという感じでいます。

 

こちらの、手前の話だけで申し上げれば、

自分の思っていることに色濃い輪郭を与え、

順序立てて、頭の整理ができるために、

どれくらいのトピックを語り、発想をも語り、

そうして、全体で過不足のないようにするために、

果たして、どれくらいの労力や時間でかなうのか、

その見立てができないことがあります。

 

そうして、物事の筋道を系統立てるのも、

補足や補強することも、決して厭わないのですが、

やればやるほどにゴールから遠ざかるような、

相当に長い旅路になるような気がするし、

それは果たして読みやすい(リーダブル)のみならず、

読んで良かったと思えるものになるのかも、

今のところはわからないというのがあります。

 

そこで、何もしないとあれば、考えは滞りますし、

こうした抽象的な独白ばかりになるので、

もう少し読むにポップな内容にしていきたい思いはあります。

 

物事ひとつ取り上げるにしても、深さや奥行き、

さらには広がりも相応にあるものですし、

かつ、視点を前後を含む上下左右に移すだけでも、

とらえるとらえ方が異なってくるものです。

 

別段、自分自身は「人の多くが語らない」ことを、

快刀乱麻を断つことをしたいわけでもなく、

物事はいろいろな角度から見ることで、

まさに多角的に見ることができることを、

少なからず提案していきたいわけですね。

 

あとは、もっとシンプルに考えてみても、

こういうモノの見方をする人もいるのだと、

考えるためのキッカケとなれば良いわけです。

 

視野や視座を頑強に固定するだけでは、

柔軟に考えたり、受け止めたりもできないので、

それらができる人が増えたらなと思ってもいます。

 

自分の考え自体も、特に珍奇なわけでもなく、

ひたすら少数を突き進むものでもないので、

この感覚の伝わる人が現れるのであれば、

こんな嬉しいことはないですね。

 

そうして、言いたいことの少しに行き着く前に、

またもや区切りのタイミングとなりますので、

近々のしばらくをまた読み進めてもらえたら、

それもまた、ありがたいことだなと思うわけなのです☆

 

 

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そこに境界の隔たりはなく

 

このところは、ひとつのことに端を発し、

そこから派生して広がるすることもあれば、

同時進行的にチェックしたこともつながりを持って、

次のはじまりがまた続くということになっています。

 

まるで、ミルフィーユ・ケーキのように複層となり、

そのうちの一枚を取り出すにも、容易でなく、

全体をお知らせするにも思案を重ねるものです。

 

そこで、多くの言葉を費やし、時間をも投入して、

果たして、十全に伝わるものかと思いますし、

宇宙の広がりのように、絶えず変化と拡大をしていて、

自分でもわかりきっていないようなことでは、

相手にとっても杳として知れずとなるでしょう。

 

最近の思うことは、あの手この手で語っていくし、

それを受け取るかどうかは、あなた次第なので、

少なからず、自分はこう思うことは表明していきます。

 

そういうことにおいて、思うことのひとつとして、

取り上げる事柄はたとえ異なろうとも、

物事は連関するし、地続きのものでもあるので、

たくさんの話題を重ねて、透かすように見てみれば、

重なるところは、一層濃くなっているところでしょう。

 

そこが興味の強く持つ領域・範囲ですし、

普段からの発想、モノの考え方がそうであることを、

直接に言及しないことで伝えるという、

アクロバティックなこともできたら良いなと思います。

 

そして、このような思いを持つことは、

何かを知って、自分のことに役立てようとする、

そんな時にも有用なことのように思います。

 

野球を見て、監督の采配からマネジメントを見出だし、

自分の仕事や家庭に取り込んでみるとか、

講演会で全国飛び回るような人を見て、

音楽バンドの全国ツアーと重ねて見ることも、

あらかじめ思っておくことで、できることもあるでしょう。

 

普段からの、身の回りの出来事においては、

自分がそう思うからそうなっているのであって、

好意的にとらえるかどうかも含め、

何をどう切り取るのかに関わってくるものです。

 

このあたりの、自分の世の中、自分と他者の関係で、

どのように対峙し、対応していくかによって、

望む方に向かえるのかどうかの影響はきっと、

想像以上のものがあることでしょう。

 

語るに尽くせないところではありますが、

自分の想像の外側にも"世界"があることを思って、

日頃を過ごすのが、ひとつ良いなと思っています☆

 

 

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骨格から読み解ける

 

最近、どこまでできるのかを試すようにして、

出会った人の、見た目の骨格や肉付きから、

果たして、その人がどういう声かを知ることができるのか、

アイディアのひとつとして温めています。

 

基本的に声は、喉元の声帯を震わせて出るものですが、

呼吸の深さによる肺や横隔膜の動きや、

鼻の奥の鼻腔や頭蓋骨に対してどう響かせるかなど、

いくつもの要素が絡み合って出るものです。

 

細かく言えば、歯の噛み合わせによる滑舌の良さや、

歯そのものに与える振動の影響もありそうで、

かなり複雑に考えることにもなりそうです。

 

多くの人にとって、声が出るというのは、

当たり前のこととして思ってしまうものですが、

意外と多くの要素が関わってくるので、

声の出るそれ自体が、実はありがたいことなのだと、

ちらりとほのめかして、お知らせしておきたいところです。

 

声の出る仕組みやメカニズムを知りながら、

目の前の対峙する人の首回り、アゴなどを見て、

どのような声質なのかを想像できるものなのか、

今の段階では、何とも言えないというのはあります。

 

声の低い・高い、細い・太いをメインにしつつ、

また、大きい・小さいも含めて考えてみて、

大きくは男性と女性の特徴を思い浮かべるかなと思います。

 

首の太さやアゴの形状、あるいは全体的な体格を見て、

たとえば、首が太くて体もガッシリしていると、

声は太く低いのかなと想像するような感じです。

 

自分の好きな声質や、聞くと安心する声質もあって、

「1/fのゆらぎ」という特定の波形を描くものもあります。

 

こればかりは多くの人の声を聞いていくしかないのですが、

とことん突き詰めたところでどうということもないので、

楽しみのひとつとしてあるのかなという感じです。

 

声の出し方自体は、訓練次第で変わっていくものですし、

年齢を重ねれば、それなりの変化も迎えていくものです。

 

自分の声をテープレコーダー(今ではICレコーダー?)に入れて、

それを聞いてみると、なかなか恥ずかしいものがありますが、

それはそれとして、どんな内容をどのように語るのか、

声の調子・トーンで表現する方が、もっと有益であるような気がします。

 

普段の会話においてもそうですが、

なかなか、発言すること自体は勇気がいるものですから、

そういうものも克服しつつ、声を出していくことで、

あなたの声が良いと思う人も、やがて現れてくることでしょう☆

 

 

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