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傍島康始|ブログ

Month: 8月 2017 (page 1 of 11)

大きな節目を感じるように

 

宿題を、夏休みの最終日にやるような切羽詰まった感じでなく、

この夏の暑さや、ひとしきりの盛り上がりを思いながら、

ひとつの季節の締めくくりをしたい今日この頃です。

 

個人的には、その季節がどうだからというような影響はあまりなく、

暑い・寒いといった気候による、体調や気分への影響があるくらいです。

 

気温や湿度の高さだけでなくて、「夏」という文字には、

"大きい、さかんである"という盛り上がりの意味があって、

それだけに、一年を通じてひとつ山を越えたような気がします。

 

暑さの段階によっての、猛暑や酷暑という呼び分けがあって、

その字面の物々しさに、夏の過酷さを思いもので、

今年もどうにか生き延びることができたと感慨に耽るのはあります。

 

そうして、秋の気配が、日増しに混じってくるようにもなってきて、

早いもので、暦の上でも今年も残りが4ヶ月ともなれば、

後半〜終盤へと、ここから一気に駆け抜けるようにも思うからです。

 

実際には、残暑もしばらくは続きそうですから、

夏はここまで!と、キッパリ分けられるわけでもないですが、

8月が夏の盛りというイメージは強くあることでしょう。

 

太陽が照りつけ、汗が多く出るような暑さにあっては、

いかにそれを抑えたり、回避したりすることばかりを考えますが、

よほど冷房の効いている場所にいない限りは、

かなりの薄着で過ごすことができるのはありがたいなと思います。

 

電車の中で、うたた寝をするような場合に気をつけるくらいで、

風邪を引くような心配がないのが、良いところのひとつでしょう。

 

それが終わってしまうのは、終わってしまうからそう思えるのであって、

連日の、記録的な暑さでは、そんなことを思う余裕はなくなってきます。

 

そうでなくても、少しでも良くなろうとして、新しいことをしたり、

温故知新のように学んでみたりして、どうにかあがいているところです。

 

こういうのも、最初は闇雲にでも、水中でもがくのでも、

例え方はいろいろあって良いのでしょうが、

それなりに道筋が見えない中にいるのは、結構忍耐を強いられます。

 

悲壮感があっては、決して良い方には向かわないものですから、

そこは、極めて明るくなるように努めたいところです。

 

今年も無事に終わるのと同時に、実りがありあまるように、

今日から明日へと、連綿とつないでいきたいところです☆

 

 

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爪に美しさを施すように

 

個人的には、必要としないのもありますが、

普段は、爪にマニュキュアや装飾を施すことはありません。

 

パンキッシュに黒に塗ったことも以前にはありましたが、

それもまた思い出というか、かなり前のことですね、

近頃は、総称して「ネイル」と呼ぶのでしょうか?

 

自分の爪でなくて、付け爪=ジェルのようなものもあって、

爪に塗るのも、日々進歩の表れなのだなと思います。

 

ファッションやアクセサリー、髪型なども含め、

基本的には、真っ黒なものに目が行くのと同様に、

色鮮やかな彩りのあるものにも目を奪われる傾向があります。

 

女性のきらびやかな様子は、目にもまぶしいものですが、

爪に関して凝っている人では、月に一度かそれ以上に、

模様というかデザインを変えて、手入れもしているものです。

 

季節に合わせたり、デコレーションを盛ったり、

服のスタイルとも合わせるのも良いものですが、

手足の指先合わせて20ヶ所、全部を同じに統一しても良いし、

数種類で組み合わせても良いし、全部異なっても良いと、

創意工夫のしがいがそのスペースにはあるわけですね。

 

また、男性諸氏のたしなみとして、親しい身近な女性の、

そういう小さいかもしれないけれど確かな変化に対して、

しっかり気がつき、声をかけるのは大切なことです。

 

好かれるかどうかは、それ以外の要因もたくさん関係してきますが、

せめてそういうところに気がつくような心がけはしたいものです。

 

髪型はなかなか気がつかないというか、

前髪が眉にかかっているのが、眉の少し上にあるようなのは、

気がつくための難易度が、だいぶ高いような気がしますが、

自分のもみ上げを丹念に整えたとして、

そこに気が付いてもらえればかなり嬉しいので、

しっかり気が付いて、言葉に出せるようになりたいものです。

 

手を上にあげる時に、手のひらの位置が耳の高さというのは、

気がつかないのもありますが、そこは指先までピンと張って、

しっかり手を伸ばすのが、お手本のひとつの数えられます。

 

こういうことも含め、指先にまで神経や意識を傾けられるのは、

細部までおろそかにしない、生活や仕事にも反映してくるもので、

できないよりかはやった方が良い非常に有益なことですから、

実際に爪に何も塗らずともできるのが良いわけですね。

 

あとは、素朴な疑問として思うのですが、

豪奢な「デコ」をしている場合には、

細かな作業や家事において支障は出ないのかな?

聞ける機会があったら、ぜひとも尋ねてみたいところです☆

 

 

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盃を酌み交わす間柄

 

日頃、お酒を飲む習慣はありますか?

 

自分自身は、毎日飲むような習慣はなくて、

どちらかというと、友人たちと飲む機会があれば、

その時に楽しむようなことが多いです。

 

おそらく、お酒そのものを楽しむのもありますが、

誰とどういう時間を過ごすのかということに、

重きを置いているのかもしれません。

 

そういう時には、普段は少し真面目に接しているような人でも、

お酒が入れば打ち解けやすくなることもあるでしょう。

 

いざとなれば、コーヒーだけでも盛り上がるわけで、

必ずしもお酒が入るからではありませんが、

会話が弾むのに一役買っているのはあると思います。

 

そうして、お酒を介在しながら交流を図り、

最終的にはどうしていくのか、これがなければ、

単純に、二日酔いと多少の出費があるだけになってしまいます。

 

たとえば、仕事が円滑に進むとか、次の予定が埋まるとか、

何かしら今後に良いことが起こりそうなことを期待しながら、

しかし、実際にはもっと肝心なところもある気がします。

 

お酒が入って楽しい気持ちになりつつ、口も滑らかになれば、

普段は言わないようなこと=本音が見え隠れしてきて、

その人の大切にしている考えや、これまで経てきたことなど、

改めて知る良い機会となる方が良いと思うからかもしれません。

 

個人としての、深いところでの結びつきも生じるでしょうし、

それが大人数での場であれば、共同体的なところでも結びつく、

そういうものの強さは、団結力の強さとなって、

とても良い雰囲気を醸し出し、活気も溢れてくることでしょう。

 

士気の高い、まさに意気軒昂な様子は、

仕事やプロジェクトなど何事にも向かっていけるでしょうし、

実際が伴えば、またそういう人が集まってもきそうです。

 

それがあるのなら、お酒を酌み交わすのも良いなと思います。

 

それでも最近思うのは、自分自身が多様でありたいのとは別向きの、

結局、胸の奥底で大切にしているようなことは、

お酒が入ろうが、相手が誰だろうが言うことはあるのか、

いや、今のしばらくにおいてはないのだろうということです。

 

隠しているというわけではなくて、言わないだけのこと、

他にも話せることは少なからずあるので、そこには及ばないだけのこと、

あるいは、きちんと話せる相手とタイミングを見ているんでしょうね。

 

普段が、それほどまでにやたらめったら話すわけでもないので、

基本は寡黙でも、言いたいことのひとつやふたつはあるのだと、

言葉少なにここに記しておこうと思います☆

 

 

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