葛藤という場合、その多くは心理的なことでしょうが、

どのようにして克服、もしくは解消するのか、

人それぞれの方法があるように思います。

 

誰かに相談するとか、時間が経つのを待つとか、

そんなことは一切考えない、忘れるに越したことはないなど、

どれもがあってしかるべき回答でしょう。

 

自分の場合では、まずは自分の中で解決を試み、

何らか、自分で結論を出して、納得することが、

"もしかしたら"というまでもなく、多いと思います。

 

この"納得"という部分が、相当大きくて、

どれほど正論で真っ当な意見であっても、

自分の中 – それは思考とか理屈とか -で、

しっかり落とし込めないことには、次に進めません。

 

そのように考えると、時間を多く必要とし、

一見すると無駄な時間を過ごしているようにも見えるので、

素早く解決できることが、それは望ましいわけです。

 

あるいは、即刻白旗を掲げ、教えを乞うわけでもないので、

柔道風に言えば、心底「参った!」とならない限り、

胸の内を吐露することもないかもしれません。

 

かなり厄介ものというか、素直じゃないとか、

そういうに思われても仕方がないのかなと、

これまでを振り返ると、思い当たることはあります。

 

しかも、何かモノに当たるわけでもないので、

わかりやすく感情を出す/出せる人のことは、

物的な破壊や破損は、決して褒められたものではありませんが、

それはそれで、少しは良いなと思うこともあります。

 

いよいよ、どのようにすれば良いのかと思いを巡らす時、

そういう時は、結構な距離をひたすら歩いて、

歩きながら映る景色も見ながら、何かを感じつつ、

ひとつでも打開策を練り出そうと試みてみるわけです。

 

前提として、歩きながら考えることを以前にもしたことがあって、

その名残なのかと思いつつ、歩を進めていくわけですね。

 

あとは、シンプルに、カラダを動かせば、

心地好い気持ちと疲労が出てくるので、

使った分と回復とに必要な、十分な栄養と休養を挟めば、

一時的には、良い状態になるのかなという気がします。

 

こういうのは、絶対的な正しさを追い求めるのではなく、

その時々に応じて、最適な解答を探し当てることが、

おそらく、何よりも大切なことなので、

それを意識しながら、やっていくというのが良さそうです。

 

凝り固まってしまっては何も動けない、

そうならないようにするのが先決ですね☆

 

 

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