自分の心の動きとして、どうにも「違和感を覚える」ことがあって、それがどうしてなのか、ついぞその正体を突き止めた感じがします。

自分の来し方、これまで経てきたことについて、そこばかり言及されることに、何ともモヤモヤした思いを持っていました。

確かに、ある時期取り組んでいたことがあって、それは何も隠すようなものではないけれど、今の自分の状態や思いを汲み取ろうとしないのはどういうことかと思っていたわけです。

なるほど、たとえて言うのなら、その人は自分の左脚ばかりを見ていて、「いや〜物事を見て考えたり、話したりしているのは、顔とか上半身の方なんだけれどな」という感じです。

それが、全身を見ていないで部分ばかりを見ているということで、現在・過去・未来という時間においても、また、興味・関心の推移のようなことにも目を向けていないということになります。

また、ある特定の部分しか見えていないということでは、他の部分が見えていないわけですし、他の部分とのつながりや関連についても見えていないということになるかもしれません。

あるいは、自分の思い込みばかりで話していては、本当に何を考えたり、思ったりしているのか、その質問なり疑問なりが出ていないわけで、それは発想として"あやうい"と思ってしまうものです。

そういう思い込みが先にあるようでは、以後の会話においてもあまり深まる気がしないし、そういう浅いものは個人的には忌避したいので、何かがはじまるような予感もしなくなってしまいます。

ただ、今の時点において、自分の中で腑に落とすことができたので、ある意味得意の「敬して遠ざける」ことに終始すれば、それで一件落着という次第です。

このような思い込みとか決めつけとかは、他意がなくてもしがちなことではあるので、自分自身、十分に注意していく必要があります。

大阪とか関西出身であれば"きっと面白いに違いない"とか、ピアノを習っていたとあれば"絶対音感を持っているはずだ"みたいな、必ずしも根拠があるとも限らない断定をしてしまいがちです。

時に当てはまることもあるかもしれませんが、勝手に言われた方としてはたまったものではないでしょうから、このあたりは探り探り慎重に言いながら、できるだけ丁寧なやり取りを心がけていきたいものです☆

 

*シェアはこちらから*