自分自身にそういう習慣がないのもあって、解せないとか不可解というよりかは、単純に理解の埒外にあるなという感覚。

最近は、タバコの喫煙にまつわる議論や取り組みが多くあって、吸う人より吸わない人の意見や主張が強くなっているような気がします。

タバコ自体の有害性ももちろんありますが、それを含めた喫煙の是非について、今一度考えられる機会が多くなっているということなのかもしれません。

たとえば、会社において、タバコを吸うのにあてられる時間を、それを休憩時間に含めるのか勤務時間の一部にするのかどうか、これもまたひとつであるでしょう。

ゴハンを食べることやトイレに立つのは、大半の人にあてはまることなので合意を取りやすいことに比べ、タバコは嗜好品でもあるので、おおむねであってもまとまりにくいということが考えられます。

それが、一日に数本程度、一回あたり5分くらいなら、屋外に行って伸びをしたり、深呼吸もしたりして、気持ちをリフレッシュすることに似ているので、仕事の効率にとっても好ましいかもしれません。

しかし、これが10本を越えるとか、一回行ったらしばらく戻ってこないということであれば、周囲の人で「むむっ?」と思う人がいても無理はないところでしょう。

人によってもそうですし、自分にとっては、こういうことは思いの外気になってしまうことのひとつになります。

実際には誰かと一緒にいて、立ち話ながら重要な話をしているのかもしれませんが、果たしてどうなんでしょうと思うことはやむを得ないものです。

ちなみに、かしこまって会議をすることも大切ですが、ざっくばらんに話す時にも良いアイディアが出てくるようなので、立ち話や雑談も有効な方法のいくつかなのはあります。

だから、頭ごなしに良くないことだなんて言えないところに、少しもどかしさを感じるのはこういう理由もあるからなのでしょう。

これも、おそらく程度の問題なのかなという気がしますが、自分の場合に引き寄せるとどういうことなのかなと考えて見ると、「(どうしても)音楽聴きたいので席外します」とか、「活字中毒なんで本読んできます」というようなことになるのかもしれません。

"食後の一服"ならぬ"食後の一曲"は、結構浸透させていきたいことのひとつですが、今回のことで取り上げるべきものかは、果たしてよくわかりません。

こういうことも、個別にとか職場全体とかで、適度にしてざっくばらんに話し合ってみるのが良さそうです。

その時は、紫煙をくゆらしながらではなくて、ミルクティーとお菓子みたいな組み合わせで話し合うのが平和かなと思います☆

 

 

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