もしも「2時間、自由に話して良いよ」と言われた場合、一体何を話そうかとか、自分にはそれほど長く話せるものか、戸惑う人が多いかもしれません。

誰かとの会話にしても、だいぶ夢中になってとか、コーヒーや食事を楽しみながらとかであればあっという間ですが、これがひとりでやるとなれば大変に思うことでしょう。

また、会議室で十数人を前にして話すのか、大きなホールで数千人の前で話すのか、そういう人数の多さのところでも話す内容は変わるでしょうし、緊張の度合いも変わってくるはずです。

そういう、めったにないような光栄な機会があるとして、自分は何を話すことができるのか、何を話したいものか、発想の訓練として普段から考えておくのは良いような気がします。

ともすれば映画一本分、音楽ライブ一回分のような長さですから、だいぶ盛り込もうと思えばだいぶ盛りだくさんにもできることでしょう。

これが起伏に富み、とても面白いと思ってもらえれば、その時間話した価値があろうというものです。

これを、そういう緊張をもって身構えるとか、自分には無理だとか思うこともあるかもしれませんが、前向きな気持ちでは、それでもやってみるというところから考えはじめると良いように思います。

行動の原理として、一旦動きはじめると次第に勢いが増すというのがあるようなので、話すことにしても、壇上に上がり、マイクを手にすることから想像していきましょう。

話しはじめは、場の雰囲気や盛り上がりなど、自分自身手探りであるのと同様、聴く側の構えとしてもどうやって臨もうか決めかねているような気がします。

それだけに妙に緊張することなく、ただ話していくことに集中するのが良いでしょう。

肝心の内容ですが、生い立ちから今に至るまで、それは誰もが固有のものだけに語りようはあるかもしれません。

生年月日や姓名の由来だけでも意外と話せるような気もするものです。

もう少し詳しくは、テーマを決めれば良いのもあって、自分の膨大な記憶や経験、どれを引っ張り出していくかで語りようは変えることができるでしょう。

勉強とかスポーツとか、引っ越しや旅行、交友関係などテーマを持てば、あれも言おう、これも言うと良いのかなど、順次アイディアも浮かんでくるように思います。

あとは、上手に話せるようになるためには、上手に話せるまで場数をこなすのみという、わかりやすい発想で突き進むばかりです☆

 

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