人の発言や動作などに注目していると、その裏には何か別の意図や思惑があるのかと、最初から思ってしまうことがあります。

その人の「今日は晴れである」と言っているところを、晴れだから機嫌が良いとか、明日が前の予報だから強調しているのかというように、必要以上に大きくとらえてしまうことがあるかもしれません。

これが、会議やミーティングの場であるとか、人が多く関わるような内容であれば、少なからず便宜や利益もからむでしょうから、一体どういうつもりなのかと、やたら気になってしまうこともあるでしょう。

こちらとしては、前後関係の文脈から推理したり、周りの状況などを照らし合わせて、その真意は何かと探ってしまうことが多いように思います。

ただ、よく聞いてみると、先ほどの例のように「今日は晴れ」だから「アイスがおいしい」くらいの、些細で他愛のないものであることも多いものです。

ある意味、ひとり相撲を取っているようなもので、必要以上に回り込みすぎてややこしい解釈をしてしまっているということです。

これがお互いに胸の内を探るようにしてしまっては、単純に「表」の話なのに、裏の裏、裏の裏の裏〜となれば、グルグル回るだけで何も展開していかないかもしれません。

これは、何も額面通りにすべてを受け止めろという話ではなくて、あらゆる可能性があることを踏まえながら、それでもまっすぐに物事を見ろということだとも思います。

対象に対して、ひねって見ない、うがって見ないし、素直に見る。

そのことによって、次にどうであるか、先に進みながら考えることができるように思います。

非生産的であるよりかは生産的である方が良いし、それがまた著しく良いものであればもっと好ましい気がします。

何より、端から物事を疑って見るような自分の心性に、遅かれ早かれ嫌気が差してしまうように思います。

自分が損をするとか、正直者がバカを見るとか、時にはそういうこともあるかもしれませんが、長い時間をかけてみると、帳尻が合うどころが、お釣りが出るくらいに得るものが大きいはずです。

あるいは、そうやって自分自身や誰かの言動を信じるような心持ちがあることで、良いチャンスや素敵な出会いなど、想像を越える出来事があるかもしれません。

たとえ千載一遇くらいの割合だとしても、その喜びが大きいものと思って、ここはひとつ、物事をまっすぐに見ることを心がけていくと良いなと思います☆

 

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