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傍島康始|ブログ

場づくり最高

 

何でも最高(かもしれない)!という具合に声高にしてはじまりましたが、その最高であるのとは別に"再考"していきたい事柄があります。

人が集い、何かをする、それでステキなことになっていくとして、それに必要な"場づくり"について再考していきたいわけです。

具体的な場所であり、あるいはまた機会でもあり、きっかけとなる何かしらの「場」が必要であるように思います。

単純に人数を集めるばかりでもなく、場所や機会を設けるばかりでなく、それらを関連づけていくのがまた大切なところでしょう。

ここいらでまた、自分でも足を運んだり、関連する本を読んだりして、"場づくり"に対する理解をさらに深めていこうと思っています。

人気のある、話題のあるというのは、思わず足を向けて行きたくなるようなコツがあるのでしょう。

実践に移すのが続く段階として、自分がいると楽しいばかりでなく、誰かにとっても居心地が良いとなるような、そういう場所やその機会を知りながら、自分でも目指していきたいものです。

こういうことはにわかに現実味を帯びていくものですから、今が考え時というのは、実行に移すタイミングであるのかもしれません。

小さい規模でもやる、自分の理想の一端であってもかなうようであれば、それは取りかかるに越したことはないわけです。

居酒屋や飲食店の手配がその最たる例かもしれませんが、これが大人数でもなくて、一対一の場合でもいつどこで会おうかというやり取りをするものです。

人の集まりというと、少し大げさなことを思ってしまいますが、身近な人何人かで会うというのも、そういう"場づくり"の一環でもあるわけです。

ここに気がつけば、居心地の良いとか、気心が知れるというのはどういうことか、だいぶ身近に思うことができるのではないでしょうか。

今あるどこかに行くとか借りるとかしながら、自分たちなりの拠点もできたら良いな、そこに行けば誰かがいるような、そういうことを考えていくと楽しい気持ちになっていくものです。

コワーキング、シェアオフィスなども浸透している今日この頃、続くアイディアはどういうものなのでしょう、そういう流れもふまえながら、考えていくのが良いように思います☆

 

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数時間単位で

 

もしも「2時間、自由に話して良いよ」と言われた場合、一体何を話そうかとか、自分にはそれほど長く話せるものか、戸惑う人が多いかもしれません。

誰かとの会話にしても、だいぶ夢中になってとか、コーヒーや食事を楽しみながらとかであればあっという間ですが、これがひとりでやるとなれば大変に思うことでしょう。

また、会議室で十数人を前にして話すのか、大きなホールで数千人の前で話すのか、そういう人数の多さのところでも話す内容は変わるでしょうし、緊張の度合いも変わってくるはずです。

そういう、めったにないような光栄な機会があるとして、自分は何を話すことができるのか、何を話したいものか、発想の訓練として普段から考えておくのは良いような気がします。

ともすれば映画一本分、音楽ライブ一回分のような長さですから、だいぶ盛り込もうと思えばだいぶ盛りだくさんにもできることでしょう。

これが起伏に富み、とても面白いと思ってもらえれば、その時間話した価値があろうというものです。

これを、そういう緊張をもって身構えるとか、自分には無理だとか思うこともあるかもしれませんが、前向きな気持ちでは、それでもやってみるというところから考えはじめると良いように思います。

行動の原理として、一旦動きはじめると次第に勢いが増すというのがあるようなので、話すことにしても、壇上に上がり、マイクを手にすることから想像していきましょう。

話しはじめは、場の雰囲気や盛り上がりなど、自分自身手探りであるのと同様、聴く側の構えとしてもどうやって臨もうか決めかねているような気がします。

それだけに妙に緊張することなく、ただ話していくことに集中するのが良いでしょう。

肝心の内容ですが、生い立ちから今に至るまで、それは誰もが固有のものだけに語りようはあるかもしれません。

生年月日や姓名の由来だけでも意外と話せるような気もするものです。

もう少し詳しくは、テーマを決めれば良いのもあって、自分の膨大な記憶や経験、どれを引っ張り出していくかで語りようは変えることができるでしょう。

勉強とかスポーツとか、引っ越しや旅行、交友関係などテーマを持てば、あれも言おう、これも言うと良いのかなど、順次アイディアも浮かんでくるように思います。

あとは、上手に話せるようになるためには、上手に話せるまで場数をこなすのみという、わかりやすい発想で突き進むばかりです☆

 

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伝達するにその速さ

 

もしも何か事柄が決まっているのなら、伝達することばかりでなく、その早さもないといけないように思います。

これが、相当に大勢の意志をまとめたいとか、自分とまったく同じ方向に向かって進んでいきたいと思っているのであれば、自分から発信していかないことにはどうにもならないもの。

相手の聞くのを待つばかりではないし、それがないからといってどうのこうの言うのもいかがなものかと思います。

また、自分はこう思う、こうしていきたい、そういう意志を先に出さずして、相手の意向ばかりを聞いていても、何に向かっていくのかよくわからないということになりかねません。

毎回後出しジャンケンのように辻褄を合わせても、どうにも腑に落ちない部分は出てくることでしょう。

「やる気」に関することも同様で、喚起次第では十分に引き出すこともできるので、相手の今の「やる気」ばかりを測ってもあまり意味がないように思います。

それもこちらの態度で変わるものだけに、喚起するに何か手がかりはないかと思いながら、相手に質問を投げかけたり、いろいろ尋ねたりするのは良いでしょう。

逆もまたしかりで、もしも自分の周りで事態・状況が刻一刻変化しているのであれば、それを手前で抱えるのではなく、さっさと誰かと共有するとか伝達するに越したことはありません。

自分で解決するのも良いでしょうが、誰かと協力するのが好ましいことも多く、問題がややこしくなる前に、いくらでも手の打ちようはあるために、早めに対策を練る発想を持つのが良いわけです。

これも少しの気遣いや工夫で回避できることであって、早めに言うとか、少しずつでも伝えるとか、そういうことは必要であるような気がします。

どちらが先かとか、自分が、相手がとどうこういうことはいくらでもできるのかもしれませんが、真っ当に考えてどうなのか、どれほど妥当な判断であるかを冷静に見て取れるのがよほど有益な見方であるように思います。

こういうことも含め、その早さしかり、タイミングも大切なところで、主客転倒、本末転倒とならぬよう、ものの道理を見極めていきたいものです。

あるいは、その数の多さも大切なのかと思うと、欠かせないポイントはいくつもあるように思います☆

 

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