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傍島康始|ブログ

足元を見つめて

 

最近は靴下づいている今日この頃、新しいものを何足も手に入れ、新しいものを履くたびに感覚もまた新しくなるものです。

新しい靴は新しい(ステキな)場所へ連れて行ってくれるとか、連れて行ってほしいというような"おまじない"もあるけれど、靴下においても同じようなことが言えるかもしれないなと思っています。

ただ、靴にしても靴下にしても、足は2本しかないのだからそれほど数は多く必要とするものではありません。

どちらかと言えば、靴下の方が多く持っていてもかさばらないので、特に今はそうしている理由もあります。

そして、今までとは異なるデザインや色合いを手に入れてみる、そういう試みも大切だなと思っています。

同じものを同じように持ち合わせるのも、自分なりの「定番」となるのだから、あれこれ悩まない利点はあるものです。

一方で、それは新たな冒険をしていない、守りに入っている面もあって、あえて振り切ってみるのも、場合によっては大切になってくるものです。

心の中では、種々の変化、できれば好ましい・喜ばしい変化が多く訪れるように願っているのもあって、何も変わらないことが耐え難いというのはあるでしょう。

あるいは、モノを大切にするという観点の他に、時期ごとの特徴をつけるように適度に入れ替えていくことも大切だなと思います。

今だから身に付けたいもの、今だから楽しめるものもあるのだから、定期的に見直していくのが良いのだろうと思うわけです。

そして、前に転がるようにしていろいろ見回し、手に取ってみることで、少なくとも感覚において刺激と発見があることでしょう。

今後、自分がどうなっていくのかはわからないけれど、きっともっと楽しいことになっていくだろう、そんなほのかな予感とともに普段を過ごしていきたいものです。

そのひとつとして、靴下の場合があるのかもしれないし、実際にどうであるかというのはつぶさにわかるようなことではないけれど、そう思っているから良いことが訪れることにはいち早く気がつくことでしょう。

何事も楽しむ、今の状態を満喫することが次につながっていくのだから、目の前のことを見過ごして何になるのだろうという気がします。

そう思っていることの方が健全ですし、緩やかでも思っている方がそうなる可能性が高まるような気がします☆

 

 

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めまぐるしいほどに

 

自分のやりたいことと、他の人から(期待を込めて)任されることがあって、他にも普段の生活を成り立たせることが必要です。

時期によっていくつも重なることもあるでしょうし、テーマや内容が異なることもあるでしょう。

または、得意/不得意に振り分けられるものもあれば、既知/未知のものもあって、時間の配分が上手に取れるか一概には言えないものです。

優先順位を見定めるように物事の交通整理をして、どうにか滞ることのないようにして取り組みたいし、願わくばスムースに対応していけるのが望ましいものです。

あとは、どうでしょうね、「やる」と一度決めたことはちゃんとやる、少しずつでも小さいことでも何かしらをやっていくことが大切なことだと思います。

自分自身の中でもいろいろ渦巻くことはあるでしょうし、いろいろな物事に巻き込まれれば、その都度判断しなければいけないことはありますし、戸惑いを隠しきれないこともあるかもしれません。

こういうのは経験・体験の有無にも関わってくるでしょうが、どんなことでも"初めて"直面することが多いのは当然のことと言えるでしょう。

そういう、不慣れな時にどう振る舞うのかがその人の器量ですし、周囲に試されているタイミングなのかもしれません。

たとえどういう状況であろうとも、"It’s a piece of cake!!(楽勝だよ!)"という心持ちでいたいし、そう思っていると変に焦ることもない気がします。

ともすれば「忙しい」みたいなことになっても、自ら"心を亡くす"ことなく、それはやることが目白押しという"ありがたさ"につなげていきたいものです。

あとは、「自分ならやれるさ」という自分自身への信頼や、「できる自分であれ」と自分自身に大いに期待をかけていきたいものです。

このあたりは簡単なことで、先にどう思うかで物事の見え方が変わってくるだけなので、より良いように思うだけのことです。

詳しくは、年末に向けてまとめていきたい内容になるので、ここでもやることのひとつが浮き彫りになったわけですね。

年末に向けては、どうしても一年の総決算のようにスケジュールや課題が押し寄せてくるでしょうが、それが成長につながることでもあるので、また次のステキな展開になるように、丁寧に取り組んでいきましょう☆

 

 

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人によってのシンプル

 

ハロウィンがにわかに近づいておりますが、今年の渋谷や六本木も「百鬼夜行」さながら、かなりスゴいことになるのでしょうか。

血まみれのナース、たくさんいるウォーリー、人の多くが出張ると思いますが、何事もなく終われば何も問題はありません。

それはさておき、自分にとっての「シンプルさ」が多くの人と異なるような気がしたので、それについて言及してみたいと思います。

たとえば、ハロウィンの仮装の場合で考えてみると、ドラキュラだとかフランケンシュタインだとかの格好をするのは、自分にとっては"シンプル"ということになります。

そこで着るものが多いとか身につけるものが複雑とか、メイクに多くの手間・時間がかかるというのはそれだけのことなので、こういうものはわかりやすい、つまりは"シンプル"だなと感じるものになります。

いくつかのアイテムを組み合わせることによって、そのキャラクターや意味するところがはっきり明らかになってくるので、随分とお手軽にできるところではないでしょうか。

今では、ひとつのパッケージとしてまとまっているので尚更という気がします。

それよりかは、無地のTシャツにズボンみたいな格好で、こちらの方がよほど凝っていると思ってしまうものです。

自分の体型や着るものの素材やシルエットなど、無駄がないだけにごまかしも効かないというわけです。

ブランドものであるとか、仕立てが良いとか、こういうものこそ如実に現れてしまうもので、必ずしも高価である必要はないけれど、こだわってみる姿勢は必要かなと思います。

"シンプル"の対義語が「複雑さ」や「入り組んでいる」ということになれば、見た目がスッキリしていることとは相反するかもしれません。

ただ、どのようなこだわりを持ってそうなっているのか、どういう経緯を経て今のようになっているのかを見ることは大切です。

そういうものを実際に尋ねてみたり、具体的に類推してみることによってわかることはあることでしょう。

見た目がどうということに合わせて、一枚膜をめくるようにしてみれば、物事の見方もまた変わってくるかと思います。

そういうわけで、「シンプルさ」のとらえ方もしかり、物事の見方も異なっているなと思う今日この頃です☆

 

 

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