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傍島康始|ブログ

突如重なり出す

 

人を変えても同じようなところに行き着く、または、何度考えても、いろいろな考え方を用いても、大切なことはだいたいそのあたりかと行き着くようなことがあります。

もちろん、表現の仕方は異なりますし、何もかも同じと言うわけではありませんが、それでも不変のものとして通底するものは変わらないのかと思うものです。

ある時期、書店には「人生で大切なことは○○から学んだ」的なタイトルの本が多く並んでいましたが、これもそういうことの一端なのかと思う次第です。

どのような事柄であっても、つきつめればその真理とか真髄とかはあるもので、それが他の事柄にもあてはまるということなのかもしれません。

この世のことは、人のやること・なすことで成り立っているものですし、自分の頭や身体(と、時々、心)を駆使することは、誰にとっても共通することでしょう。

最近では、大きなとらえ方として"人はいかにして生きていくべきか"ということに個人的な興味があって、いろいろな人の話を聞いたり読んだりしています。

それが、哲学なのか実業なのかスポーツなのかの区分けはあるとしても、一流の人はどこか同じような物言いになっているような気がします。

もちろん同時代的には、活躍する分野は異なれど交流は少なからずあるでしょうし、本当に大切なことはいつにおいても大切なものです。

武士であろうと、アスリートであろうとも、果たすべき役割をまっとうしていくべきで、目に見える形は異なるかもしれないけれど、本質は似たところにあるわけです。

それはまたフィクションの世界でも同じようなことで、ドラゴンボールを集めたり、ひとつなぎの財宝を追い求めたりする中にも感じ取れる類であるように思います。

本を読むでも、歴史を辿るでも、フィクションに浸るでも、そうやって自分なりのテーマを持ちながら臨んでいるのであれば、"なるほど!"と思う他にも"やはり"と思う箇所は多くなっていくもので、その裏付けやさらなる確信を得るために、さらに探求するといった具合です。

また、それをもって自分の生活や身の回りに当てはめていくことが大切で、そうやって学んだことと体験していくことが合致していくようであれば、なお嬉しいわけです☆

 

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適度な均衡を保って

 

何事もそれなりに均衡を保つことが大切で、極端なまでにやり過ぎるから良いというものでもありません。

筋力トレーニングで思い浮かべてみるとわかりやすいと思うのですが、重いものを持ったり、何回もやったりすることで筋肉に十分な刺激を与えることができるのですが、これをやり過ぎると関節を痛めるとか、筋繊維がちぎれてしまうようなことになってしまいます。

そうなってしまっては一回あたりの代償が高くついてしまって、その後の時間や月日の過ごし方が無為になってしまいかねません。

その時のトレーニングで十分に力を使い果たすことも大切なのですが、ある程度継続しないことには、身体の変化がついてこないもので、そういうピークを持つことと日を開けて繰り返すことの均衡を保っていくのが良さそうです。

または、起きている時間をすべて今の自分の取り組んでいることにつぎ込むからと言って、不眠不休でやるのもまた健康を害してしまうようなこともあるでしょう。

適度に休日を挟んだり、一日のうちでも休息を挟んだりするから、かえって、仕事や勉強に取り組む際に、十分なパフォーマンスや集中力を発揮できるものです。

人生はとかく長い距離を行くようなものでもあって、短距離での勝負もあれば、長期戦で戦略的に挑んでいくことなど、いろいろなものが含まれているわけです。

あまり無理が無理を呼んで命尽き果ててしまえば元も子もありませんから、土俵際に押し込まれながらも決してもう一歩を後ろに踏み出さないようにしていきたいものです。

残っていればどうにか逆転の糸口も見出せるかもしれませんし、状況が変わるまで辛抱強く耐えることもできるでしょう。

そういう瀬戸際を見極めるというような、自分のできることとそうでないことの限界を知りながら、その境目を攻めていけるような、慎重さと大胆さを兼ね合わせておくのが良さそうです。

こういうことも、いろいろな局面を乗り越えていけば何かしらのコツをつかむようなもので、上手に綱渡りもできるようになるかもしれません。

こういうことのひとつで思い浮かぶのは、今の季節は乾燥しているから水分を多く飲むようにしたいけれど、あまりに多く飲んでしまえば尿意を催すのが早いということがあります。

一日で何リットル飲むべきとして、それでもいっぺんに飲むのではなく小分けにするような工夫を、随所で行なっていきたいものです☆

 

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訪れるように待つ

 

突き詰めて考えていくと、いつも現状打破と言いますか、何事においてもより充実するようでありたいと思って日々を過ごしているような気がします。

必ずしも現状に不満であるようなことでなく、もっと自分自身の可能性なり、才能なりを発掘したいという、衝動にも似た心持ちのようなものがあるということです。

これをわかりやすく言えば"ブレークスルー"ということになるでしょうが、意味合いとしては「進歩、前進、打破」を表す言葉です。

しかも、この"ブレークスルー"というものは、ここまで進んできたからこれからは新しい段階ねというような、単純に時間の経過や段階を踏みことで得るものではないところがミソ=話の肝であるように思います。

まるで、自分自身が生まれ変わるようであるような、細胞や神経が新たに組織し直すような、そういう前と後ではまるっきり異なることを言い表すのでしょう。

単に階段やエスカレーターで、上の階を目指すようなことではなくて、自転車で進んでいるところから、宇宙へ行くスペースシャトルに乗るような、そういう劇的な変化があるということです。

それは手段や手立ての話だけでもなくて、サナギから蝶に変わっていくように、自分自身がすっかり変わることで、周りを取り囲む状況や世界すらも変えてしまうような、とてつもない威力を持っているものかもしれません。

地面をせっせと掘って油田を見つけることをしながらも、スコップとか掘削機ということとは関係なしに、自分の探り当てる感覚や上手に掘るための腕力が著しく向上するようなことを思い浮かべても良いように思います。

では、そういう"ブレークスルー"を望みながら、どのようにしたら自分のこととして体験を経ることができるのか、また、どのようにしたら自分のものとして得ることができるのか、これについて考えたくなるものです。

おそらく、石の上に三年じっと居座ることでもないし、長い距離をひたすら走ることでも、重いものをせっせと持ち上げていくことでもないようなことで、しかし、そういうことをやらないでは訪れるはずもない、そういう因果なものなのかなと思います。

どこか悟りを開くようなことかもしれませんが、そのために何をしたら良いかわからないけれど、何かをしないといけない、そのために日々の修練が必要ということなのでしょう。

これについては、いつも考えながら行動にも起こしていくべきもので、だから、またしかる後に取り上げていこうと思います。☆

 

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