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傍島康始|ブログ

足取り軽やかに

 

骨折や加齢、その他の理由によって歩き方がぎこちない以外に、足の格好や歩き方の不自然な人が、意外と多いのかなと思うことがあります。

靴を引きずるように歩くとか、妙に内股すぎて膝だけが内側に向いているとか、歩き方の不自然さのみならず、筋肉や骨格にまで影響を及ぼしているような気さえするものです。

こういうことは普段の思っていることや考えていることが表れるようでもあり、または、極端に無頓着であるために支障が出ている、そのように考えることもできるかもしれません。

一度に歩く距離や時間が短いといっても、それが積み重なっていけばかなりのものになるわけで、いつも足元に意識を向けないまでも、時には自分の歩き方を確かめるのが良いように思います。

また、自分で確かめるにしても鏡や窓ガラスに映して、全身を見るもの良いものですし、誰かに見てもらって率直な意見を求めるのでも良いでしょう。

こういう、歩き方をじっくり眺めているうちに、その人がどういう人であるのか、歩き方を通じて読み取れることもあるのかなと思っています。

たとえば、自信のある人は胸を張って、足取りもさっそうとしているけれども、逆に自信のない人はそういう歩き方になっていないし、かえって周りの人に不安や不快さを与えているかもしれません。

これが、自分の自覚なしに周囲によからぬ印象を与えているようでは、自分の自身もまた次第に損なわれていってしまうことも考えられるものです。

少しでもそういうことに気がつくことができたのなら、自信のあるや自分が見て憧れるような人の真似をすると良いように思います。

自信が心の中で持ちにくいのであれば、先に歩き方を取り入れることで、影響を及ぼすこともできるはずです。

そうやって足取り軽やかに、きわめてさっそうと歩けるのであれば、自分自身の印象や雰囲気が変わるために、足を踏み入れる場所も何か変わっていくことでしょう。

たかが一歩、されど一歩というように、思いもしないようなステキな場所に足を踏み込んでいくことで、自分自身の生活や仕事など、取り巻く状況がいつの間にか変わっていくかもしれません。

意外と足元に不注意であるとか無頓着な人が多いなという印象なので、今一度考えてみると良いように思います☆

 

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読み返してみると

 

普段、自分の書いているものを読み返すということはあまりしないものですが、時間をおいて目を通してみると、気分が変わっていることもあって、新鮮に読み取れることがあります。

自分で書いてはいるけれど、少し前の自分と会っているようで、その差異がまた興味深く思うものです。

時に励まされることもありますし、今は少し異なるように考えているという事柄もあって、その変化をつぶさに見ていけるという点で、何にしろ書き残しておくのが良いのかなとも思います。

あとは、置かれている状況によって、物事のとらえ方に影響が出るもので、そういうのは自分の中で計るものではありますが、文章としてもその時々のテンションが入っている、そういうこともあるかもしれません。

勢いがあるのか、逡巡しているのか、具体的なキッカケがあるわけではありませんが、そういう出来事のいくつかに影響されているのは、それとなく感じられることでしょう。

できる限り、楽しい内容、少し考えを巡らす内容をはじめ、時には普段の生活に取り入れられそうなコツのようなことが多くあると良いように思います。

今後も、基本的には同じペースで続けていこうとは思いますし、取り上げる内容にしても決して尽きることはないでしょうから、気の向くままにキーボードを叩いていきたいなと思っています。

いつも前へ前へと思うので、書き終わったものはそれとしてあまり気にしないものですが、どこかで似たり寄ったりとか、どうしても重なってしまうこともある気がします。

興味の色濃くあるところは、同じ道を行き来するように、何度も取り上げてしまいますし、季節の移り変わりや衣食住のようなことは普段の生活に大きく関わっているので、そういう話題が増えてしまうのは必至であるとも言えそうです。

年度の変わり目、いろいろ思うことはありますし、これを読んでいる方それぞれにもあることでしょう、そういうのも含めながら、次の新たな年度においてはどうなっていくものか、思いを遠く馳せてみるのも良いかもしれません。

何が展開するのか、それはどうにもわからないけれども、より良いことになっていくように、そのための想像や工夫はいつも施せるようでありたいものです。

引き続き、楽しんでご覧くださいませ☆

 

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笑みがこぼれる

 

今はお手頃な価格帯のお店が増えて、何かを飲んだり食べたりするのにそれほどお金がかからない、むしろ、これほどにお得で良いんですかということもあるくらいです。

それはそれで嬉しいことではありますが、やはり値段相応と言いますか、どこかサービスがおろそかとか、対応がそっけないということもあります。

これは、お金を払うにしても、飲み食いした分にかかるだけでなく、サービス諸々含んで良い時間を過ごせたとあらば、それなりの金額を払うことにあまり抵抗はないような気がします。

逆に考えれば、サービスが行き届いている、店員の雰囲気が良いとあれば、少し割高なくらいでも成り立つということでしょう。

値段が安いかどうかだけでは、やはり収益を出さなければいけないだけに、自ずと限界は決まってくるし、それだけでは他のお店と比べてより安い方に人は流れていってしまいます。

こういうことを、もう少し見えるところやわかりやすいところで考えれば、ビールやお酒一杯の値段をいくらにするかを思い浮かべてもらうとわかりやすいかなと思います。

たとえば、シャンパンを普通に注げば500円、これをオシャレなグラスに入れたり、店の内装にこだわったりすれば、1,000〜1,500円くらいはいただけるのではないでしょうか。

仕入れの値段がいくらだからどうするということではなく、どのようにすればより喜んでもらえるだろう、または驚いてもらえるくらいの感動を呼び起こせるだろうか、それを考えると良いと思います。

個人的にわかりやすいなと思うのが、シャンパンの例で考える時に、"1万円"と聞けば「高い!」と思うかもしれません。

ただ、これが木村拓哉さんが注いだものだとか、一緒に乾杯できるとなれば、むしろ1万円はお得なくらいかもしれません。

人によってはもっと出しても良いから、一杯どころかボトル一本でも良いわ、その木村さんの使ったグラスも買い取りたいということもあるかもしれません。

ある意味では、適正な値段というものはあるようでない、そして、ないようでもあるということを表すように思います。

こういうところに発想のアイディアなり、現状の打破なりがあるわけで、チャンスはしっかり転がっているということでもあるのでしょう。

自分の注ぐシャンパンも、そういう値段で成り立つようになっていきたいものです☆

 

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