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傍島康始|ブログ

口に慣れておく

 

「おキレイですね」、「美しいですね」など、口に言い慣れていないとどうにも上っ面で浮ついた言い方になってしまうものです。

あるいは、どうにもぎこちなくて、滑らかに言えず、不自然極まりないことにもなりそうです。

こういうことって案外、思っていても言えないとか、思いもしないから言えないなど、種々の理由はあるでしょうが、上手に言えるに越したことはないわけです。

このあたりは、言うから思う、そして、思うから言うというように、相互の作用が働きますから、どちらが先であっても行き着くところは同じであるように思います。

もっとも、とことんシンプルに思えば、キレイで美しい人を目の当たりにすれば「キレイ/美しい」と言いたくなるものです。

こういうことから考えを広げていくと、何か言いたいフレーズがある場合、つまり、そのことばかり強く思い描いているとしたら、そのフレーズにふさわしい場面に遭遇することがあるかもしれません。

このあたりでは、遭遇するという言い方はもちろんできますし、言いたい気持ちがあるためにやがて事象として湧き上がるということもできるものです。

脳の働きとしては、特定のフレーズを言いたいと思っていれば、その強さに応じて、言うにふさわしい場面を見つけることに躍起になるのかなと思います。

自分たちの今後について、もしも普段から使っている言葉が、いろいろな出来事を起こすキッカケとなっているのなら、それを活用しない手はないなと思うこともあります。

使う言葉にしても、過去に学んだり調べたりしたことが即刻思い出せるようにカテゴリー分けをしておくと良いかもしれません。

言う言葉しかり、イメージを豊かに発想したり、伝えたりする必要があって、こういうひとつひとつを大切にするのが良さそうです。

小さな積み重ねかもしれないけれど、地道なことの威力はありますから、決して侮ってはいけないと思います。

心を多く動かしたり、大きく動かしたりする人は、感動するのが上手な人であるとも言えそうで、特に楽しいことでそれができていれば、きっと同じような人が集まってくるとも考えられそうです。

言葉数が少ないとか、感情が表に出にくいような人であれば、使う言葉から変えていくと表情や気持ちにも次第に変化が現れてくるかもしれません☆

 

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着る服の傾向

 

普段どのような服を着ているのか、これは自分が普段どのように考えているのか、それのひとつの表れであるように思います。

ピッチリと髪も整え、スーツをピシッと着ていると気が引き締まるように、また、スウェットにサンダルではどこか気怠いようになるのは、着ている服がそうだからということがありそうです。

自分がそうなりたい理想の姿があるのであれば、少なくともそれを取り入れるところからはじめるのが良いのではないでしょうか。

ロック好きなら黒い格好とか、タイトなジーンズを履くとかしてみるのが良いでしょうし、営業の仕事で活躍したいのならスーツやジャケット姿を取り入れるのが良いでしょう。

そこでは、必ずしも高価なものを着るというよりかは、カタチとして取り入れるのを優先していくと良いように思います。

もちろん着心地やデザインの意匠というところで、上質なものを身につけるのが良いわけですが、傍目には一目見てどうというのはわかりにくいものです。

清潔感は意識するとしても、真っ先には自分の理想とする姿の先取りをすることであって、少なくともその一端はかなえているという状況にしていきたいわけです。

やってみるからわかるということはあって、革ジャンにTシャツ姿で"ロックンロール!"となれば、自分の気持ちも変わるとともに、周りの人の見る目もそれ相応のものになっていきそうです。

だらしない格好をしていれば、同じように、だらしない気持ちになりがちですし、だらしない人として見られることになるでしょう。

これを上手に活用するのであれば、自分がそうなりたいということだけでなく、周囲からどのように見られたいかは、着る服によって与える印象を変えられるということになります。

自分の理想や好みにとらわれずに、もしも周囲から好感を得ることを望むのであれば、白いシャツをパリッと着ているのが"さわやか"ということになります。

今の時期は、寒さをしのぐための格好になりますし、なかなかオシャレに着込むということもできにくい気もしますが、それでもできることから取り入れていくと良いかもしれません。

着る服を変える、周囲の見る目が変わる、そうすれば自然と自分の気持ちも変わっていくことでしょうから、そこから生じる結果や成果のようなものも変わっていくことでしょう。

ものは試しとして、ひとつ楽しんでみるのも良いなと思う今日この頃です☆

 

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大いなる気づきのために

 

これは自分も含めてのことではありますが、当人にとってどうしても必要な「気づき」、それをどのようにすれば受け取ることができるのかという課題・取り組みがあります。

決して気がつかないから良くないということでもないし、気がつかないままでいても、もしかすると何の問題も起こらないかもしれません。

ただ、何も気がつかないということで、生きる上での行き詰まりや葛藤が生じるとか、行き先がどうにも不案内になってしまったという事態を避けるためには、しっかり知っておくべきことは知っておくのが良いように思います。

自分は万能である、全てを知っているという人はいないでしょう。

しかし、意識しようとしまいがそのように思っているような人は多く、自分は正しい、それも絶対的にというように見える人は結構多いのかなという印象を受けるものです。

そういう人は、これ以上の成長を望めないように見えますし、いずれはあまり良くない方に向かっているのかなと思ってしまいます。

横から見ていて、落とし穴があるのを知っていてそれを伝えないというのは、こちらの胸が痛むことですし、できることなら事前に伝えておきたい気もするものです。

それでも、聞く耳を持たないとか、どこか他人事、今の自分にはあまり切実でないがために容易いほどに見過ごしているということもあるでしょう。

こういうことを省みて"明日は我が身"と思ったり、他人のことに興味を持ったりとすることはできるでしょうに、それもしないということはこちらのできることの埒外にあると思ってしまいます。

なるほど、こういうことにはなってはならないように、真っ先には自分の振る舞いをも見ていけば良いわけで、より良くなっていくようにも「気づき」を多く受け取っていきたいものです。

このためには、どういうことを普段から意識しておくのが良いのかというと、ひとつには「謙虚さ」を忘れないというのがあるように思います。

決して思い上がってはいけない、自分はまだ成長の過程にあるのだと、身も心も引き締めていくのが良いでしょう。

また、自分で「気づき」を得ていくしかないのかもしれませんが、自分のやること・なすことを通じて、そのための小さなキッカケにでもなれたら嬉しく思うわけです☆

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